「千年」バックナンバー No.001~100

目次

No.001 部屋に息づく伝統

1000nen

2010/01/25 09:00:00

 
今年、日経新聞朝刊スポーツ面の「スポートビア」というコラムコーナーの執筆者に選ばれた大相撲の春日野親方(元関脇栃乃和歌)。
1月19日に掲載された「部屋に息づく伝統」は、我々事業承継を考えるものにとって、学ぶことの多い文章だったので、ここに紹介したい。
「師匠として、一人ひとりに方向性を示すことを大切にしている」という親方。しかしその一方で「そこまで親身に案じるのが果たしていいかは、自分でもわからない。(中略)今も自問自答は尽きない。」とした上で、次のように結んでいる。
「そんなときに思い浮かぶのは、やはり自分の師匠の顔だ。栃錦なら何て言うだろうか、栃ノ海ならどう考えるのか。(中略)迷ったら立ち戻る軸みたいなものが、いつも自分の心の中にある。」
この言葉から我々は何を学んだらよいのだろうか?
まず、まだ社長になっていない後継者・後継幹部の方に・・・「いつまでもあると思うな親とカネ」聴ける時に素直に聴く。死んでからでは遅い!
大和古流家は、本当に親子が良く話をしている。「これが千年続く秘訣か」と心から思う。
既に先代を亡くしてしまった方に・・・
残念ながら、もう直接聴くことはできない。
でもこれまでいろいろ教えていただいたことがあるはず。これを機会に、是非思い出して欲しい。
また春日野親方も「昔を知る先輩の岩友親方や古くからの後援者の方々に「おやじたちだったらどう言うかな」と聞いてみる」と仰っている。これを機に、昔を知る古参社員と話をしてみるのも良いかもしれない。
既に社長になられた方へ・・・自分自身が「そんなときに思い浮かぶのは先代の顔」「迷ったら立ち戻る軸」といってもらえるだけのものを残そうではないか。何よりも、これが当代の最も重要な役割です。次代のために・・・


No.002 後継者問題

1000nen

2010/02/01 09:00:00

去る1月26日、某金融機関さんの主催で、「後継者養成ゼミナール」という研修の講師をさせていただいた。17社19名の方が申し込まれているが、27歳の社長子息から、70歳の現役創業社長まで、実にバラエティーに富んだメンバーだった。現役社長にも創業者あり、後継者あり、そして夫の死を受けて継いだ女性社長あり。後継者も息子あり、娘婿あり、親族あり、親族ではない幹部社員ありで、中には大手企業の人事部長まで。まさに時代を感じさせる構成だった。
時代はまさに、事業承継問題を抜きにしては語れなくなってきている。この機会に、事業承継が何故今日的課題と言われるかを整理しておきたい。日本法人会・千年経営研究会の設立意義でもあるので、会員には是非知っておいて欲しい。
第一に、事業承継の件数そのものが増えてきていることである。終戦後まもなく、20代、30代の血気盛んな若者が、一旗上げることを夢見て、起業をした。その若者達が次へのバトンタッチを始める60代、70代に入ったのが昭和60年後。このとき、戦後第1回目の事業承継ブームを迎えた。そしてそれから20年たった今。その後継者がまた60代、70代となり、その息子たちへのバトンタッチを始めた。これが現在なのである。
第二に、事業承継上の課題の変質である。バブル崩壊前までの課題は、主に後継者の能力に主眼が置かれていた。経営者の我々への期待は「息子を育てて欲しい」というものであった。しかしバブル崩壊以降、その課題認識は大きく変容した。要するに「育てるべき後継者がいなくなった」のである。これはさまざまな理由がある。少子化により継ぐべき息子が少なくなったこと、経営者が自信をなくし継がせることを躊躇し始めた、逆に後継者が継ぐことを拒否し始めたこと、現経営者が後継社長である場合に自らの譲り受け方が拙く、後継させることを否定的に捉えていることなどがある。これらの問題には、父親の威厳の欠如という今日的な問題も影響しているように思われる。
最後に、経営そのものが困難な時代になってきていることが挙げられる。かつて、高度経済成長といわれた時代は、圧倒的な円安を背景に外需が潤い、それに伴い民間投資・消費・公共投資と、何もなかった時代に、乾いたスポンジがどんどん水を吸い上げる如く、内需も潤った。ところがバブル崩壊後、まずは内需が停滞した。というよりスポンジは既に満水状態で、新たな需要を吸い上げる力を失っていたともいえる。そして今回のリーマンショックで、外需まで失速してしまった。両翼エンジンを失った日本丸は今、これまで蓄積したものの余力だけで何とか飛んでいる、といった状況である。
しかし悪い話ばかりではない。間違いなくまた外需が沸く時代がやってくる。但し、その相手は、かつてのようにお金持ち欧米ではなく、新興国である。よって今までのやり方をそのままやっていて良い訳ではない。
このような時代に大切なことは何か?
外需も内需も充実していた時代は、ある意味一人の優れた経営者さえいれば、一旗挙げることができた。しかしこれからの時代は、一人では何ともできない。そう認識した方が妥当である。
過去の日本の歴史を紐解いてみれば、「三代ワンセット」で考えられていたことは間違いない。要するにこれからの時代は、かつての日本がそうであったように、「三代ワンセット」で考えるべき時代がやってきたといえる。三本の矢がきちんと揃っていないと生き残れない時代、なのである。
現在、日本経済新聞の朝刊・水曜日版の「中小企業」欄に、「200年企業」という特集が組まれている。既に90回(社)に届かんとする長期連載である。その第1回目で、200年以上続く企業の数が紹介されていた。日本のそれは3115社と、他国を完全に引き離している。第2位のドイツで300社、第3位のフランスで150社。この違いはいったいなんと説明したら良いのであろうか?100年以上続いているのは実に2万社を超える。
今改めて自信を持って日本の経営を学び、実践しようではないか。千年続く経営の礎創りを目指して・・・


No.003 当代の役割

1000nen

2010/02/08 09:00:00

 2日は平成3年に亡くなった祖父の月命日。実家では毎月和尚さんにお経を上げていただいているのだが、あいにく今月はある金融機関主催の「後継者育成ゼミナール」なる研修講師で同席できず、私は近くのお寺さんで手を合わせることにした。読経を終えた、他に人のいない静寂の中、しばし在りし日の祖父に思いを馳せた。いろいろな思い出が蘇っては消えていったが、午後から事業承継の話をするという状況の中、それら一つひとつのことごとよりも、亡くなった時期について感慨深いものを改めて感じた。 祖父は梅雨の最中、足を骨折して入院した。年齢もあってか治りが遅く、また商売の関係で寝室が2階と耳にした先生の「上り下りがきつかろう」との気遣いで長めの療養となっていた。その年は非常に酷暑で、暑がりの祖父はかなり強めの冷房を入れていたようだ。それが原因か7月下旬に風邪をこじらせ肺炎を発症、そして帰らぬ人となった。 私の実家は岐阜で和菓子屋を営んでいる。岐阜で和菓子といえば「栗金糖」、8月下旬から栗の入荷が始まり、9月からは繁忙期に入る。亡くなったのは8月2日。まるで「商売に迷惑はかけん!」とばかりに、父が気遣ってトイレ付きにリフォームした真新しい寝室を見ることもなく息を引き取った祖父に、誰もが「本当に商売に生きた人だったね」と口にした。 平成19年10月5日、私の勤める名南コンサルティングネットワークの創業者佐藤澄男が逝去した。当ネットワークの基幹事業の一つは税理士業務。税理士事務所は12月から年末調整、確定申告と1年で最も忙しい時期を迎える。3,000名近い皆様にご参列いただいたお別れの会は、その1ヶ月前の11月2日に終えることができた。 入社以来20年以上のお付き合いをいただいたある創業社長が亡くなったのは、平成20年9月19日未明。例年にない土日と祝日が上手く組み合った5連休の初日であった。連休明けの24日からは、何事もなかったように仕事を始めることができた。 当代の役割とは何であろうか。結局「今の今、精一杯に商う」ことしかないのではないだろうか。そして日々「今の今、精一杯に商う」ことができていたかどうかは、その死に際にちゃんと現れる。己の命の最後を自分で決めることはできない。目に見えぬ何物かが息を引き取っていく。その何物かはいつ息を引き取りにくるのか、それは「私」の生き様を吟味され評価されて決められる、そう思えてならない。 如何に死ぬか、そのために如何に生きるか・・・私たちは常に自問自答していかなければならない。今の今、精一杯商うために・・・ 精一杯に商い道を生き抜いた祖父を持つことができたことに誇りを感じた記念日、平成22年2月2日であった。


No.004 怠りなく精進せよ

1000nen

2010/02/15 20:22:00

 私の七宝の一つ『個性學』の開発者・石井憲正先生から、毎月「視点」というコラムが贈られてくる。その1月号を読み返してみて、改めてこの「日本法人会・千年経営研究会」が時代にマッチしたものであることを確信すると共に、今年何をしていくべきかを見出せたように感じたので、ここに記しておきたい。以下、「石井憲正の『平成22年1月の視点』」より抜粋
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●「庚寅(かのえとら)」の年 2009年は《己丑》の年でした。その象意は、「いろんなことを試みるが、思い通りにならなくて、つい他人の所為にしたり、己の意思が邪な方向に向かう傾向がある。しかし正しい道を選択し、じっと我慢して、初心を忘れず、それを貫く努力をすれば明るい未来が開ける」でした。 2008年のリーマンショックの影響を色濃く受けた1年であり、皆様も思い当たる節が多いのではないかと思います。
 2010年は一転して《庚寅》です。《庚》の意味 《庚》には3つの意味があります。第1は「継承・継続」。第2は「償う」。第3は「更新」。つまり《庚》は、前年からのものを断絶することなく継続していろいろの罪・穢れを祓い清めて償うと共に、思い切って更新していかなければなりません。革命ではなく進化させる意。また庚々といえば明瞭な変化の相であり、確乎たる様です。《寅》の意味 《寅》の本義は、人が手を合わせて確約する象形で、進む意と共に敬う意を大切にします。そして①約束する②慎む③進展④志を同じくするものが互いに敬ってことを進めるなどの意味があります。※ 安岡正篤『干支の活学』プレジデント社、その他参照《庚寅》の意味 干支の「干」は幹、「支」は枝で、生命・創造・造化の過程を表す。 庚の年は前年を継いで、その失を償い、諸事更新して確立し、後々に備えて治めてゆくべきことを啓示しています。昨年からやっていることを継続するために、これまでやってきたことを見直し、捨てるべきものと、継続し強化するものに分別し、進化させていかなければなりません。そのためには未来を約束し、志を同じくし慎みながら(本来あるべき姿を)進歩発展させる年にしなければなりません。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――なにやら運命的なものを感じるのは、私だけだろうか・・・今日、2月15日はお釈迦様ご入滅の日。お寺さんでは涅槃会という儀式が行われる。涅槃とは、Wikipediaの記述を借りれば「(サンスクリット語の)ニルヴァーナの訳語であり迷妄のなくなった心の境地を指す言葉であったが、この場合には、釈迦が亡くなったという意味で用いられている」とのこと。そのお釈迦様の臨終の言葉は「諸行は移ろいゆく 怠りなく精進せよ」
この「日本法人会・千年経営研究会」を常により良い会にしていきたいと、改めて誓った。


No.005 幸と辛

1000nen

2010/02/22 09:00:00

 
多治見市在住の文字職人 杉浦誠司さんの著書「夢・ありがとう」(サンマーク出版)に、次のような一節がある。(杉浦さんのオフィシャルサイトhttp://yume-arigatou.com/top.php)ある日、ひとりの男性が僕にこんな質問をしてきました。「杉浦さん、あなたはよく漢字を書かれているので聞かせてください。“辛い”っていう字あるじゃないですか?でも、辛いって文字に一本の線を加えると“幸せ”になるでしょう。その一本の線って何だと思いますか?」(中略)質問をしてきた彼にとっては「つらい」というのが主なんですね。すべてが「辛」の字から見て、発している言葉。だから、何を足せば幸せになるのかを探していると思うのです。ところが、僕はといえば、まずは「しあわせ」ありきなんです。もともとが「幸」のイメージで、その字から一本抜いてしまうと「辛」になることを知っているわけです。抜けてしまう一本って、何だと思いますか?もともと獏たちは、存在そのものが「幸」なんですよね。この世に生を受けて、今ここにいることそのものが幸せ。生きているだけで、じつは最高!すべて幸せ。そこが中心だから、一本抜けて「辛」の字になるとき何が抜けたらそうなるのかが、自分なりにわかっているのです。全くその通りだと思う。では「辛い」事業承継は何故起こってしまうのだろうか。足りないものとは一体何だろうか。その足りないものはいくつか考えられるが、その中でも大きなウェイトを占めるのがやはり「派無し」ではないだろうか。考え方の違い(派閥)が無くなるまで「話」をする、そうすることで考え方の「差」が取れて「差取り=悟り」となる。「悟」は“りっしんべん”に“吾(われ)”、即ちお互いの心を我がものとすること。そうなった時、「幸せ」な事業承継を迎えられるのだと・・・。私たちは元々幸せだ。事業承継も同じこと。やるべきことをやらないから辛くなる。「親父が生きていれば、もっと聴きたいことがあった。」「辛いこと、困難なことが起こった時、親父だったらどうするだとうと、いつも思う。でもその親父は今はいない。」
「もっともっと、ちゃんと聴いておけば良かった・・・」聴くべきことを聴かずして先代を失ってしまった経営者共通の言葉である。まさに、「死んだら一巻の終わり」「万事休す」である。「いつまであると思うな親と金」・・・もし父上がご存命ならば、是非その言葉に耳を傾けてもらいたい。「聴く辛さ」と「聴けない辛さ」、あなたはどちらを選ぶか? 私が知っている円滑な事業承継を実現していらっしゃる会社では、間違いなく「派無し」ができている。これを知って、みすみす自ら「辛い」「不幸」の道を選択することのないように・・・


No.006 かがみ

1000nen

2010/03/01 09:00:00

 
「かがみ(鏡)」に自分を映し出し、その中心にある「が(我)」を取り除けば、「かみ(神)」が生ずる、と言われる。ここでいう“神”とは、自らの方向性を指し示してくれる存在とでも捉えたら良いだろうか。確かに文字を見ればそうなのだが・・・感覚的にはわかるような気がする。「考える」とは本来「神返る」、即ち「神様だったらどうされるのだろう」と思いを巡らすこと。当然「我」を取り除かなければ出てこない。しかし実際は、その中心にドカンと居座る「我」を取り除くことは至難の業。ついつい「自分が、自分が」となる。「やっぱり自分が正しい」「やっぱり自分があってる」「やっぱり自分がやった方が良い」などなど・・・。鏡に自分を映し出せば映し出すほど、自分を見詰めれば見詰めるほど、「我」が取れるどころか、どんどん「我」が湧いてくる。自分を正当化してしまう・・・そもそも「自分」とは・・・「自」ら「分」けているんだから、相手に伝わるはずがない、相手を受け入れられるはずがない、相手と分かり合えるはずがない・・・。「かみ」どころか、相手の言葉が「ガミガミ」にしか聴こえなくなる・・・自分も気付けば「ガミガミ」言って・・・大切なのは自分を見詰めることではなく、相手を見詰めること。そして相手の良いところ、美しいところだけを見出すこと。さあ、相手の良いところを100個挙げてみよう。その人の魅力を徹底的に炙り出してみよう。
譲る者は引き継ぐ者の、引継ぐ者は譲る者の美点を凝視する。相手の魅力、長所を心から認めたとき、どうしても話を聴きたくなる、話をしたくて堪らなくなる。「相手が話を聴いてくれない」と嘆く前に、鏡に映る自分に惚れ惚れするのはちょっと止めて、まずは相手の美点探し。「話しが聴きたい!」「話がしたい!」と心から思えるまでの美点探し。但し、聴いてみないとわからない魅力があるのでご用心。「美点探し」と「派無し」は車の両輪。この2つががシンクロし合って、更にお互いの理解と尊敬が深まるもの・・・


No.007 本音

1000nen

2010/03/08 09:00:00

 19歳で出会ったので、知り合ってからかれこれ25年の付き合いになる鮨屋の大将がいる。当時はまだ学生で、もちろんカウンターではなく、キャンプ場や海水浴場での付き合い。本当に「何でも言い合える仲」の一人である。先日、お店の近くである会合が開かれた。初めて参加したその会合は、幹部が時間通りに来ず、いつ始まるかわからないままなすすべもなく手持ち無沙汰な時間を浪費させられ、いつ終わるともなく意味のない話が延々と続き、何も結論が出ないままお開きとなった、極めて腹立たしいものであった。当初は、会合終了後に食事会があると聴いていたので、その店に立ち寄るつもりは全くなかった。しかし当の食事会はきっぱりとお断りして帰る駅への道すがら、どんどん怒りが込み上げて来て、どうにも収まらず、ふと近所だったことを思い出し、愚痴を聞いてもらおうと暖簾をくぐった。夜遅かったこともあり店に入って数分後には最後のお客様が帰られ、すぐに二人っきりになって昔話に花を咲かせることができた。そして1時間も経たない内に、すっかり機嫌を持ち直すことができた。やはり「持つべきものは朋」とつくづく感じた。最後に「これで完璧に上機嫌になる!」という確信を持って、私が「この世で一番旨い」と太鼓判を押す穴子を注文したとき、私より4つ年上の彼がこう切り出した。「この穴子、今みんなから褒められるんだ。みんな喜んで食べて帰ってくれる。でもそれも亀君のおかげなんだ」何のことかと、「へっ」と素っ頓狂な声を出した私に、彼はこう説明してくれた。亀君は覚えてるかな。10年位前、俺がすし屋としてやっていける自信がついた30代の中頃。「これ、ちょっと旨いんだぞ」と自慢げに出した穴子の握りを「大好物なんだ」と嬉しそうに口にした亀君が顔色を曇らせ言ったんだ。「こんなんで満足しちゃ駄目だ。もっと旨い穴子がある。○ちゃん、このままじゃだめだよ」って。俺はそのとき猛反発したよね。どれだけ手間をかけているのかその苦労も知らないくせにわかるかって。本当に腹が立って腹が立って仕方がなかった。だから「くそったれ、見返したる!」って気持ちですっごく研究したんだ。穴子の産地、水、しょうゆ、砂糖、味付けの仕方、煮方や握り方、とにかく徹底的にね。そうしているうちに、お客さんが「大将、このごろ穴子旨くなったね。これは絶品だよ!」って言ってもらえるようになった。「前は○○だったのにね」って。みんな思ってたんだ、何か足りないって。でもそれを言ってくれたのは亀君だけだった。あそこで亀君が本音で言ってくれなかったら、今のこの穴子はなかった。だからこの穴子は亀君のおかげなんだ。私は更に嬉しくなった。でも・・・次の瞬間、猛烈な自己嫌悪に苛まれた。「さっきの会合、俺が本音で言ってあげるべきではなかったのか」何もせず、何も言わず、勝手に腹を立て、勝手にへそを曲げ、多分、残された者たちは何のことかさっぱりわからないまま、反省もしないまま、これからも何一つ変わらないまま、無為な時間を過ごしていくに違いない。「次回はちゃんと言ってあげよう。このままではこの会は駄目だ」って・・・少なくとも、千年経営研究会は本音の会にしよう。本音の中からしか本物は生まれない。本当の事業承継のあり方を目指して、本音の会にしていこう。


No.008 はい

1000nen

2010/03/15 20:29:00

出会った頃は田舎町の小さな町工場の跡取り息子だったのが、今ではその業界では知らない者はいないという、全国に数百店の加盟店を持つフランチャイズチェーン展開をする、私が大好きな社長がいる。
父親が創業した会社に入社してから27年間、「醜い言い争いの毎日だった」と語るその社長。
「バカヤロー、お前なんかに何がわかる!」「バカヤローとは何だ!お前の方こそ、何もわかっちゃいない!」こんなやりとりが日常茶飯事だったようだ。「今から思えば、地獄絵図のような世界だった」らしい。
先日、ある会合で話をした際、当時の状況を次のように語ってくれた。「事業そのものに対しても、俺がやろうとすることに、親父は全て「NO!」お客様に自分がやりたいことをダイレクトに伝えたいと、苗字が冠だった社名を業務内容がわかりやすいものに変えることを提案した時も、「お前は俺が作った会社の名前がそんなに嫌か!」。お客様が入りやすいようにと考えて作った新店舗も「こんな店に誰が来るか!」。フランチャイズ展開をし始めたときも「お前は会社を潰す気か!」などなど・・・。そのたびにまた大喧嘩。いつ終わるともない修羅の世界・・・「会社が儲かるようになりさえすれば、きっと親父は認めてくれるに違いない。そう信じて27年間がんばってきたんだけど、どんなに成果を出しても、親父の言うこと、取る態度は変わらなかった。「二人の関係は、一生変わることはない」と、半ばあきらめていた。」ところが、ある方との出会いから、根本的に考え方が変わったのだという。「そう思っていたとき、ある方から“恩”ということを教えてもらった。生んでいただいた親の恩。育てていただいた親の恩。こうして、継ぐべき仕事を残してくれた親の恩。これらの恩をわからずして、何が経営者かと・・・」「そして、その方からのアドバイスに素直に従い、父がいつものように「バカヤロー」と怒鳴ったその刹那、明るく、大きな声で「はい!」と返事をしてみた。その瞬間から二人の関係は大きく変わったんだ。あのときの親父のきょとんとした顔は、今でも忘れられないよ。」「もちろん、今でもお小言や駄目出しはある。でも・・・ ・ 私のことが嫌いで言っている訳ではない。心配してくれているのだ。  ・ 私のことを憎くて言っている訳ではない。成長して欲しいと願ってくれているのだ。  ・ 私を陥れようとして言っている訳ではない。心から幸せを祈ってくれているのだ。『罵声も愛情』と思えば、怒りどころか嬉しくなるもの。決してマゾではないぞ!(苦笑い)。それ以来、本当に“喜働”(喜んで働く) の日々を送ることができるようになったんだ。」この話に対しては、私からの説明は不要であろう。ただ一つだけ・・・この「はい!」という純情(すなお)な心、これが本当に大切なことだと思う。
前回のコラムでは「本音」というテーマで「本音を言う立場」からの話をまとめさせてもらった。今回のこの話は、“相手の本音”を受け止めるときの正しい姿勢だと思う。私はまた一つ学ばせていただいた。感謝・感謝・・・


No.009 世界一

1000nen

2010/03/22 09:00:00

先日、この千年経営研究会の会合で、ある参加者を叱った。「また不良を出してしまった」と告白した、工場長として製造の現場を預かるその後継者は「元請からは数十万個に1個の不良をなくせといわれるが、そんなの無理です」「当社ではベテランの社員がチェックしている。その社員が見逃したんだから仕方がない。それ以上何をすれば良いというのでしょう」などと寝ぼけたことを口にした。その刹那、雷を落とした「製造の責任者がそんな気持ちだからミスがなくならないんだ。あなたの心がミスを生んでいる。あなたの考えが改まらない限り、ミスはなくならない。このままミスをなくすことができなければ、近い将来元請から切られるぞ!」と・・・
1月25日に放映された「カンブリア宮殿」(テレビ東京)に、『マニー』という会社が登場した。手がけているのは手術用縫合針や眼科ナイフなどの医療機器。手術用縫合針では90%を超える国内シェアを誇り、世界120カ国の医師からも圧倒的な支持を受けている。更に凄いのはその利益体質で、売上高対営業利益率が約40%!(ユニクロやニトリでも10%程度)という脅威の優良企業である。材料費比率が1%という『マニー』。“99%の付加価値”の源泉はいったいどこにあるのだろうか?異分野製品に進出しようとして失敗し、一時は倒産しかけたマニーは、
(1)   医療機器以外は扱わない
(2)   世界一の品質以外は目指さない
(3)   製品寿命の短い製品は扱わない
(4)   ニッチ市場(年間世界市場2,000億円以下)以外に参入しない
というトレードオフ(やらないこと)を決め、戦略立案の基準にしている。
この基準を守るために行われているものの中でも特筆すべきは「世界一か否か会議」なるもの。「世界一の品質を世界のすみずみへ-THE  BEST QUALITY IN THE WORLD,TO THE WORLD-」の方針を掲げるマニーが、年2回開催するこの会議。自社製品が世界一かどうかを、単に売上高だけではなく、例えば切れ味、針先の滑りの良さ、体内を傷付けない丸み、手へのフィット感など、医療機器特有の要求品質を盛り込んだいくつかの判断基準を競合他社と比較検討する。そして世界一であることが認められなければ販売中止も辞さない。「企業の得意分野は社会の財産。世界一でなければ、他社のものを流通させた方が世のため」(松谷寛司会長)という基本姿勢を貫いている。
針一本一本、全品を目視チェックするマニー。「ここまで考え抜かれているのかと使う側が感動する」ほどの品質は、自らの発案で会社を潰しかけた二代目社長(現会長)の、 
・    世界を相手にすると会社は強くなる。
・    世界一の品質を実現すれば、自ら営業しなくても売れていく。世界一(の品質)が   一番強い。・    走り続けて天辺にいる努力が世界一を作る。
という信念に基づく。
何も「世界一」まで行かなくても良い業界もある。ただ大事なのは、「元請一」でも「地域一」でも「業界一」でも「日本一」でもいいから、その世界でNO.1を目指し続けることが大切。今の世の中、圧倒的なNO.1しか儲からない時代になってきている。ましてや「ミスが出るのは当たり前」などと考えている企業に明日はない。まずは小さく細分化した中の一つの製品・サービスの、目の前の小さな目標から始めよう。お客様の要求に素直に耳を傾けて、「○○一とは何か」という明確な基準を設けて、自ら定めた目標を達成しよう。
「お客様の話を聴いて、それを素直に作っただけ。でもみんなそれを忘れちゃってる」松谷会長のこの言葉が、淘汰されていく企業の本質を突いているように思う。転寝(うたたね)しているうちに会社がなくなってしまった、などということだけはないようにしたい。


No.010 老舗

1000nen

2010/03/29 09:00:00

 
先日、岡崎商工会議所主催の「京都の老舗の経営学」なるセミナーに参加してきた。講演をしてくださったのは、京都中小企業CSR研究会メンバーの久乗(くのり)哲さん。100年以上続いている京都の老舗の経営者の方々から直接話を聴いて集めたというその極意の数々は、前回の「世界一」に通ずる内容でもあった。久乗氏曰く、京都の商人(あきんど)は「誇り高い臆病者」なのだそうだ。そのこころは、「世間様が見てはるので、下手な品は出せやしまへん」この言葉の中に商人としての誇りと気概を強く感じた。そして、このような気質が出来上がってきたのは
・     狭い町であったため、悪い噂が直ぐに伝わってしまう
・     時の権力者の厳しい要求に応え続けてきた
からなのだそうだ。その立地と歴史を考えれば、うなずける話である。しかしこの2つは現代でも重要な視点だ。いや、ますます重要性が増している。インターネットの出現で情報は瞬時に世界をめぐり、今や「もの言う消費者」となったお客様の要求は、年々厳しくなっている。我々は今一度この原点をきちんと見据える必要がある。今回の講演で一番良かったのは、老舗経営者の生の声を紹介いただいたこと。その中でも、私が特に秀逸だと感じたのは、
「映像で人を幸せにするのが理念。私たちにはまだ見ぬお客様も幸せにする義務がある。現状では不可能な要望をお客様に突きつけられたとき、無視せず、記憶に残し、次の代に可能にしていく」(高谷写真場・小畑章さん)「三代ワンセットで考えなければならない」と訴える我々“千年経営研究会”の力強い応援団のような一言だと思う。
また講演では「老舗は縦に売上を拡大していく」とも表現されていた。今のお客様を大事にすることによって、そのお子さんやお孫さんの代までごひいきにしていただく、それが縦への拡大。いずれにしろ、このような発想が、千年続く経営を実現するための極意なんだろうと思う。しかし、口にするのは易いが、行うは難し・・・よほどの強い心がなければ続けることは難しい。一方で、老舗であることに甘えや驕りが起こりそうなものだが、「暖簾を預かっているという意識」がそれを食い止めているのだそうだ。ちょっとの成功で驕り、直ぐに甘えてしまう我々戦後生まれの日本人にとっては、常に意識し続けなければならないことだと感じた。後日お聴きした大和古流廿一世・友常当主のお話に次のようなものがあった。
・     勝ちは偶然、負けるは必然。待つは敗因、今の今を精一杯、一生懸命生きよ!活き活きと生きよ!活路を開くために、必死に、しっかりとあがきなさい。
・     不利は有利にはならない。不利のまま勝つのみ。かつて日本は常に不利であった。小さな国、物資の乏しい国、体の小さき民族・・・物質的にはいつも不利な日本・・・その不足を補ってきたのが「精神力」(魂)である。
・     日本人の「精神力」は、欧米の脅威であった。日本敗戦からこの日本人の特質である「精神力」を奪うため、戦勝国によって教育洗脳された。異常なほど歪んだ自由主義、個人主義を教育によって植え込んだ。そして今、見事なまでに戦勝国の日本奴隷化政策は成功した。
・     よみがえれ!日本人。
まだまだ死んでいない日本がある・・・今我々は三千社を超える「200年企業(※)」を生み出しているこの日本の「ち(地・知・・・)」に何を学ぶかを真剣に考えなければならないと、改めて強く感じた一週間だった。
※     「200年企業」とは
現在、日本経済新聞・水曜日版に掲載されている特集の名称で、「200年以上続いている企業」の意。日本には3115社、第二位はドイツで300社、第三位のフランスで150社、圧倒的な差である(100年以上続いている日本の企業は2万社以上あると言われている)。


No.011 撤退

1000nen

2010/04/05 09:00:00

 
昨日(4月4日)の日経新聞「そこが知りたい」で、マクドナルドが今年、全店の1割に当たる433店舗を閉める理由について、原田社長自らインタビューに答えられていた。「規模が小さい」「立地が悪い」「成長が期待できない」「全メニューを提供できない」店を対象に、閉鎖のみならず移転を含めて1/3以上を見直すという。凄いことだ。財務的体力と成果に対する余程の自信・確信がないとできない。ただ私がこの記事をここに取り上げたのは、その戦略の豪快さに対する感嘆、ないしは羨望などではない。それは「店舗網を素早く拡大するために創業者の故・藤田田氏が増やした小型店」との一文が、私の関心をひきつけたからである。確かにマクドナルドが日本を席巻することができた一因は、その店舗拡大スピードと、「犬も歩けばマックに当たる」的ドミナント戦略(一定の地域に集中的に出店して認知度などを上げ、類似する競合他社に対する優位性を保とうとする出店戦略)であり、それを実現した最も有効な手段が小規模店出店であった。さすがというしか、ない。しかし今やその戦略的意義が薄れ、それどころか「負の遺産となっている」(原田社長)との認識も頷ける。「店舗間格差をなくし、一店一店を筋肉質にして成長を加速させる」「これは攻めの投資だ」(同)との姿勢は、当分の間の勝ち組独走を予感させる。ただ、創業者が強力に推進した、そして自社を日本一にまで導いたその過去の成功要因を、こうも見事に捨て去ることができるものだろうか。ついつい「身内じゃないからできるのでは?」(原田社長は、マックはマックでもコンピューターのマックの製造元・アップルコンピュータの日本法人元社長)、「創業者が生きていたら、ここまではやれないのでは?」という疑問を持ってしまう。これらの疑問を見事に払い除けてくれたのが、同じく日経新聞で先週まで「私の履歴書」を執筆されていた、ユニ・チャームの高原慶一郎会長である。第27話(3月27日版)「社長交代」に書かれていた一節を抜粋したい。「会社とは変化し続けることに価値があるわけで、そのための社長交代。(中略)自分の経営理念を理解しており、オーナー会社の長所である手堅い経営を新社長に託した。」そういう慶一郎氏であるが、「会社の寿命30年(説)」を超えてからの、承継(2001年)までの10年間は「意思決定のスピードが鈍った」という。「分身(自分が育てた事業をそう表現されている)がかわいい故に手離れの悪さが災いした。創業者が陥りがちな宿痾(しゅくあ=治らない病気、持病の意)だ。(中略)本業と関係のない諸々の事業が約10年間不作為のまま。周りも聖域視した。」そんな状況を打破したのが長男で後継者の豪久氏。「豪久は後年、総会当日の一喝で「腹を括った」とメディアに語っているが、社長に就任するや本業とは関係のない私の分身たちを専業者へ譲る決断をする。」“総会当日の一喝”とは、社長就任を諮る株主総会の朝、慶一郎氏が豪久氏に向けて発した「おまえのせいで株価が下がるんじゃ!」の一言。社長交代を発表してから総会までの約半年間、バトンタッチを不安視されて株価が下がり続けた。その辛さに耐え切れず、ついつい「創業者の素が出た」のだという。そのとき、「ぐっと飲み込んだ」という豪久氏の気持ちはいかばかりであったろうか。しかし結果を見れば、豪久氏が取られた態度・姿勢は正しかった。そこで喧嘩別れ、などということになっていれば、今のユニ・チャームは・・・ない。事業の要諦は「捨てる」にある。人間の手は2つしかない。いつまでも後生大事に握り締めていては、次の手が打てない。そんなことは誰しもわかっていることなのだが、その事業を始めた者はそれがなかなか捨てられない。後継者の役割は、如何に「捨てる」かにあるように思う。但し、それを育てた、育ててくれた者たちへの畏敬と感謝の念を強く抱いて。「分身たちはそれぞれの新しい親の元でがんばっていると聞く」(慶一郎氏)  今、藤田田氏は、天国から微笑んでみているに違いない。


No.012 十善戒

1000nen

2010/04/12 09:00:00

 
仏教用語に「十善戒」というものがある。•不殺生(ふせっしょう) 生き物を殺さない。殺してなくても食べている。見て見ぬ振りをする“ 見殺し”というのもある。•不偸盗(ふちゅうとう) 人のものを盗まない。許しを得ずに見る“盗み見”というのもある。•不邪淫(ふじゃいん) 男女の関係を持たない。本来は、配偶者との交わりも駄目らしい。•不妄語(ふもうご) でたらめなことを言わない。でたらめとは思わずに口にしていることもある。•不綺語(ふきご) 言葉巧みに偽り、また飾らない。本心で言っているのか、そうでないかさえ、 気付かないこともある。•不悪口(ふあっく) 人の悪口を言わない。忠告などと思い込んでいることもある。•不両舌(ふりょうぜつ) 二枚舌を使わない。それを処世術だと勘違いして いることもある。•不慳貪(ふけんどん) 物惜しみをしたり貪ったりしない。剛毅だと思っている人ほど、意外に「これだけは」と思っているものがあるもの。•不瞋恚(ふしんに) 怒らない。憤らない。気分を害さない。•不邪見(ふじゃけん) 間違った、邪な考えを持たない。
以前から知ってはいたが、私は「守れば善、守らねば悪」という認識を持っていた。そして、「わかっていても守れない」→「だからいつまでも悪の道から逃れられない」→「私はいつまで 経っても悪人である」 と、善に生きることそのものをあきらめてしまっていた。先日、大和古流廿一世・友常貴仁当主とお話した際、次のようにお聴きした。普通の人は殺生をする、男女の関係を持つ、でたらめなことや嘘、偽り、悪口などは当たり前。欲深く、業深く、嫉妬の塊・・・ これらのことごとが全て「普通の人間」。その人間がこの十“善”戒を守ることができると「いい人」になる、ただそれだけ・・・このお話を聴いて、まさに目から鱗・・・というより「救われた!」と感じた。「何だ、守らなくて普通。守ったら善い人になれるんだ!!」と・・・今までの「守ることが重荷」といったような感覚が去り、「守ることが嬉しい!」といった感覚が生まれた。減点主義から加点主義への“コロンブスの卵”的発想の転換!嬉しい!楽しい!幸せ!
人間は弱い生き物・・・だから先生がいる。特に、人との関係に悩むことが多い経営に携わる者にとって、なくてはならない存在だと思う。私などは、あまりにも弱すぎて、7人もの先生がいないと生きていけない最弱な生き物・・・よい先生に出会えて、本当に良かった!


No.013 だんじり

1000nen

2010/04/19 09:00:00

 
先週、千年経営研究会会員限定の、私の生まれ故郷・八百津町へのツアーが催行された。メインは「だんじり(山車)祭」への参加。延宝年間(1673~1681年)に始まったとされるこの祭は毎年4月の第二土曜日・日曜日に開催される。動画→http://www.woopie.jp/video/watch/12254eea5aebb139
映像ではなかなか伝わらないが、5tもの重さがあるだんじりが、傾斜30度もある石畳の上り坂を駆け上がったり、狭いコーナーを直角に曲がったりと、その迫力は郷土人でなくとも興奮ものである。是非一度は見に来てもらいたい。さてこのだんじり祭、経営という観点でもいくつか参考になるところがある。まずは30度の坂道を上ることから学ぶこと。平坦な道では、それこそ綱を持っているだけで進む。気軽にお囃子を聴きながら、のんびりと景色を見ながら、おしゃべりしながら・・・ところが上り坂となるとそうはいかない。綱を持つ者全員が、全身全霊で引っ張らないと登っていかない。逆に止まろうものなら余計に厄介。だからとにかく止めないように全力で引く。その力を引き出すのが「掛け声」だ。「いち、にい、のお、さん、やぁ~~~い!」この声がかかると、一気に士気が上る。全身から力が漲る。知らず知らずのうちに無心に引っ張っている。あなたの会社には、そんな「一言」があるか?次に狭いコーナーを直角に曲げることから学ぶこと。上手く曲げられるかどうかは、十六人衆と呼ばれる、だんじりのハンドル役を担う若衆たちが、熟練リーダーの号令一つ、絶妙なタイミングで、気持ちをあわせて、それぞれに与えられた必要な役割をきちんと果たせるかどうかにかかっている。遅過ぎてもいけない、速過ぎてもいけない。失敗は即、破滅を意味する(以前は死人も出た)。駆け足の中で許されるその誤差は、わずか数十センチ。その僅かな誤差の中できちんと仕上げる妙。この祭の中で最も危険な「曲げ」は、最大の「経営危機」になぞられる。あなたの会社には、経営危機に瞬時に対応できる体制が構築されているか?最後に、参加した人で、気付いた人はいただろうか?同じように聞こえたであろうお囃子の楽曲は、例えば私の地元の「本郷組」では4曲ある。その内の1曲は聴く機会がなかったのでわかりようがないが大船神社という本祭の総元の神社に向かうときの「のぼり」、離れるときの「くだり」、そして止まっているときの「神来る舞(しんくるま=神車)」の3曲の違いは、音楽に慣れ親しんだ人なら気付けたのではないかと思う。それぞれの町の者たちは、その音で「ああ、動くんだな」「ああ、戻るんだな」と判断する。要するに方針書のようなもの。経営にも「のぼり」「くだり」「停滞」がある。あなたの会社では、経営環境の変化が起こってから右往左往するのではなく、それぞれの環境変化に即応するための基本方針が明確にされているか?まだまだ参考にすべき点はあろうかと思うが、やはり見てみて何ぼの世界。是非来年は参加していただき、自らの目で、体で、全身全霊で感じていただき、同時に経営のヒントを見出していただければと思う。


No.014 チエ

1000nen

2010/04/26 09:00:00

 
先日の日経新聞「先人たちの名語録(童門冬二氏)」に、徳川吉宗の言葉として「急ぐ知は真の知ではない」という言葉が紹介されていた。それは・・・(以下、抜粋)
あるとき、吉宗は風呂にはいってカミソリを忘れてきた。部屋にもどって小姓たちに、「風呂場にカミソリを忘れてきた。とってきてくれ」と頼んだ。三人の小姓が風呂場に走り、まもなく戻ってきた。ひとりがカミソリをもっている。吉宗が聞いた「風呂場は真っ暗だったはずだが、どうやってカミソリを発見したのだ?」ひとりは、「おっしゃるとおり真っ暗なので手が出ませんでした」と正直に答えた。ひとりは「目が闇になれるまでじっとしておりました」と答えた。カミソリを手にしている小姓は、「風呂場に敷いてある板の上で跳ねました。カラリとカミソリのとぶ音がしましたので、拾ってまいりました」といった。座にいる人びとは、「大したチエだ」とみんなほめた。吉宗だけが首を横にふった。こういった。「いやいやちがう。かれのチエは危険だ。もしカミソリが足元にあったらどうするのだ。ケガをするぞ。かれのチエは急ぐチエであって、ほんとうのチエとはいえない。ほんとうのチエというのは、闇になれるまでじっと目を据えて待っている者のチエだ。これこそ大丈夫のチエである」あなたなら、どちらを褒めるだろうか?この答えを出すためには、「忠恕」の理解が必要であると思う。「忠恕」とは、「自分の良心に忠実であることと、他人に対する思いやりが深いこと(出典:小学館)」
自分の良心に忠実であるためには、自分の使命・役割をきちんと理解・納得していなければならない。小姓といえど、いざというときには戦場に出なければならない。如何に江戸太平の世であってもその心は失ってはならないのが武士の道。怪我をするということは、いざというときに役に立たない、それどころか足手まといになってしまう。よって武士は、いつでも戦に出られるように常に体を大事にしなければならないのである。自分の使命・役割が正しく認識されていれば、どうすべきであったであろうか。相手、今回の場合は吉宗に対する深い思い遣りがあれば、どうすべきであったであろうか。思い遣りとは、相手の思い(心)に自分の思い(心)をお遣いに出すこと。自分の指示で大切な部下に怪我をさせたとしたら、指示した相手はどう思うであろうか。そこに思い至るとき、正しいチエはおのずといずれか決まるものだと思う。自分自身が、そして社員が自らの使命・役割をきちんと認識し、かつ、お互い思い遣りの気持ちで仕事をするとき、必ず良い結果が生み出される。もし良い結果が生み出されないとすれば、そのいずれかに欠けるところがある、こういう見方も大切である。さてこの例話で、もう一つ大切なことがある。もし吉宗が「今すぐもってこい!」といったとしたら、どちらが正しいか?一分一秒を争うような場合であれば・・・要するに状況によって答えが変わる、ということである。よって、より「大丈夫のチエ」を発揮しようとすれば、時間が必要ということになる。切羽詰ってから動くのではなく、大局観と先見性を持ち、できるだけ早く手を打っていくこと、それこそが「大丈夫のチエ」発揮のための要諦なのである。


No.015 父に学ぶ1ヶ月

1000nen

2010/05/03 09:00:00

 先日、瀬戸会のY君から次のような手紙を受け取った。非常に嬉しかった。決して楽をする訳ではなく、純粋に皆さんにもお伝えしたい!と思い、氏名と社名を伏せて掲載させていただくこととした。Y君には心から感謝します。それでは全文そのまま・・・題名にした一ヶ月間、自分なりに父と意識的に話をし、感じることをしてきた。事の始まりは2月24日の瀬戸会にて亀井先生より指摘していただいた「父親と向き合うことから逃げている」という言葉である。また父の考えを聞くこと、話すことをせず、自分の勝手な解釈で判断をしているなど、腹は立てども図星といった内容であり、ならばせめて一ヶ月、3月25日に先生と再会するまでは続けていこうと考えた次第である。この時点では「やらされ感」はあったものの、やらなければ次に先生に会いにくいなぁという感情があったのも正直なところであった。不思議なもので、その「やらされ感」は一回目で無くなった。不思議と書いたようになぜかは不明だが、結果的に良い気がするので原因は探らない。父に聞いたのは、先生からの宿題でもある「商いの喜び」「継いだ時の状況・心境」の二点。「商いの喜び」に関して父は、年齢的に若いときは、お客様より感謝の言葉、ねぎらいの言葉を貰ったときに喜びを感じたが、現在は社員が一皮剥けて成長したときに喜びを感じると言った。以前同じ言葉を聴いたとき、自分は「会社が学校じゃない」と言ってその後に出てくる父からの言葉を遮った。今回はただ聴く、とにかく聴く。するとお客様より特急品の依頼を受け、自分の通常業務を放り出して走り回り、お届けする最中に先方より「要らなくなった」と連絡が入ったとき、というたとえ話が出た。その連絡が入ったときに、自分の通常業務を放り走り回ったことから「それはないでしょ!」と怒るのは、まだまだだそうだ。その連絡をもらったときに心からお客様に「本当によかったですね。」と言えたらそれは成長、一皮剥けたと思い、喜びを感じると父は言った。現在自分に与えられた会社での仕事は材料調達である。製造現場をお客様とすると、上記の様な事例は日常茶飯事に起こる。そのとき自分は製造現場に対して、同じ社内ということもあるが、怒りを表現してきた。結局は自分のやったことを相手に認めさせることばかり望み、会社として問題なく製品が出来上がることを二の次にしていたことに気づかされた。「お客様のために」という言葉を吐くことは簡単であるが、真に何がお客様のためになるのか、「お客様のために」の押し付けは、結局自分の自己満足に過ぎないのではなかろうか・・・と反省と共に、社員の成長=会社の質の向上という簡単な言葉では書き表せないことを学んだ。「継いだときの状況・心境」に関しては、大学時代から会社の手伝いをしていた父が24歳のときに心境的な変化があったと聞いた。何気ない生活の中で、自分の祖父に当たる創業者をみて父は、「老いたな、俺が助けてやらなくては」とふと感じたそうである。決して自ら望んで継いだわけではなかったとも聞いた。むしろ嫌で嫌でたまらなかったとも言っていた。何気ない生活の中で祖父が何だか小さく見えて、支えてやらなくてはならないと感じたという点に関して、自分は父を「老いた」と感じることや存在がなぜか小さく見える、といったことは特に感じたことは無い。父は大学時代を親元から離れて生活していたのに対し、自分は親と離れて生活せず、毎日顔を合わせているので変化に気付かないのか、気付こうとしていないのか、父が老いていないのか、はわからない。ただ確実に人は年をとり、確実に第一線を離れる時がやってくることを、こうして改めて考えると、第一線に父がいる今、生の現場の声を聞くことは貴重であり、今まで父の言葉を遮ってきた時間は非常にもったいない。ならば今からやるしかない。父は会社を引き継ぐのが嫌だった。だから自分たちに積極的に会社を継ぐことを強制はしてこなかったし、自分も記憶にない。自分の意思に任せるとされてきた。今まで会社を継ぐということほとんど考えたことは無かった。「いつか」や「まぁそのうちそうなるのかな」なんていう非常に曖昧かつ上から目線であった。ただ社会に出て、会社組織の中で働くと、社長というものは及び腰になるほど大変な職業であると思った。今までの曖昧さプラス責任の非常に重い仕事という認識から、後ろ向きな気持ちが先日先生に指摘されるまであった。また継ぐことを強制されないという環境に甘えていたのも確かなる事実である。先日の先生からの指摘は冒頭にも書いたように、図星。ぐうの音も出なかった。ただ2月時点と現在異なるものが自分の中にあるとすれば、父の仕事を継ぐという行為と向き合い始めたことであるかと思う。「いつか」「まぁ」から「そのために」へ変化してきている気がする。父から学ぶべきを学び、聞くべきを聞く、ということはとても一ヶ月では物理的に足りない。しかし、一ヶ月間で父への認識はかなり変わった。以前は話をすることは殆どなかったが、幸いにも今回の一ヶ月、「仕事」の話が中心ではあるが、話しをするという行動、聞くという意識をもってすごしてきた。その結果、今まで自分の固定観念が父への認識の大部分を占め、またその固定観念は至極狭いポイントのみで判断していたことを知った。これから先、今までの分を少しずつ、吸収していこうと思う。


No.016 治める

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2010/05/17 09:00:00

 
5月13・14日、日本個性學研究所(http://www.koseigaku.co.jp/index3.htm)主催の「運の強化術セミナー」なるものに参加してきました。毎年この時期に行われるこのセミナー。私にとっては、自らの器つくりや人間関係の再構築に欠かせないものとなっていて、既に10年以上に亘って参加しています。今年のそのセミナーのサブタイトルが「日向の国の天孫降臨物語」・・・ということで、セミナー終了後、天孫降臨の地、高千穂近辺を巡る旅をしてきました。その中でも特に心に響いたのが、熊本県上益城郡山都(やまと)町の弊立神社の神主さんの話(公式ではないので参考までにhttp://www.ajkj.jp/ajkj/kumamoto/soyo/kanko/heitatejingu/heitatejingu.html)凄くいい話がいっぱいあったのだけれども、その中で一押しは、 「神様はいつも喧嘩している」という話。言われてみれば、天照大神が素戔男尊に腹を立てて天岩戸にお隠れになったのも、喧嘩といえば喧嘩の結果。何だか神様が喧嘩するって、あんまりピンと来ないんだけどね(笑) でも、その神主さん曰く、「大事なのはその(喧嘩の)治め方。喧嘩した後が綺麗な人は神様なんだよね」と笑いながら云われた時、「そうそう、これこそが事業承継の極意なんだよなぁ」って感じました。「治め方が綺麗」・・・なんだか良い感じがしませんか? 喧嘩することを否定せず、喧嘩することは神様でもすることで・・・でも、治め方さえ上手ければ神様なんだ! 大安心して帰ってくることができました(^-^) そんな気持ちで帰って来て、切抜きをしていたある記事を思い出し、読み返してみました。それは、日経新聞夕刊「プラムナード」というコラムに毎週投稿している市川亀治郎さん(かの大河ドラマ「風林火山」の主役武田信玄役の歌舞伎役者。亀治郎の“治”が今回のコラム的に冴えてるでしょ!)の、4月30日のコラム「奇跡の起こし方」というもの。ちょっと抜粋して紹介してみましょう.(かなり中略していますので、その点ご勘弁を・・・)「巷ではパワースポット巡りがはやっているようだ。パワースポットとは、良い気が発生している場所。いにしえの人たちは、そこを聖地と定めた。人が容易に立ち入れば、たちまちにしてその神聖は打ち破られ、気が枯れてしまう。気が枯れる=穢れる。神聖を穢すものは我々が発する思い。全てが人間の飽くなき欲心。裏を返せば、欲とは現状への不満の表れである。欲望を口にすることは、即ち神に不平不満をぶつけると同じこと。足るを知る。生かされていることの奇跡を、人はまず思い知るべきである。有ることが難しいことが有るから、有難い。そこに思いが至れば、大いなる存在に対しては、ただただ感謝の念しか湧き起こらないはずだ。人事を尽くさずに天命を待つから不安になる。人事を尽くしていれば泰然自若、何も恐れることはない。奇跡を頼ろうとする他力依存の持ち主に神が味方することはない。そのような甘い心を捨て去り今の自分が精いっぱいできることをやる。必死で物事に取り組むその一生懸命な姿勢が、時として奇跡を起こすのである。」若いのに・・・なかなか言うもの・・・感心、歓心、大関心!何故、喧嘩になるのか(一生懸命だから)?何故、治まるのか(お互いがより良い国づくりを心から強く求めているから)?何故、奇跡が起こるのか(一生懸命の互いの心が一つになるから)?人はお互いがお互いの「鏡(かがみ)」「かがみ」を見て喧嘩して、中心にある“が(我)”が取れたら“かみ(神)”になる・・・我を捨てて、本当に良いものを求め続けたら・・・治まる・・


No.017 タフラブ

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2010/05/24 09:00:00

 
最近、気になっている言葉があります。それは「タフラブ」。タフラブとは、「例えば子どもが目の前で転んだとき、すぐさま駆け寄って起こしてやるのではなく、手を貸す衝動を抑えて自力で起き上がるのを見守る。尽くす愛・耐える愛・包み込む愛ではなく手放す愛・見守る愛・断念する愛」(信田さよ子氏著「タフラブという快刀」)。確かに“親”という漢字は、「木の上に立って見る」のが親と示しています。まだ私の中で完全に消化し切れていない言葉なので、まだ余りお話していませんが、ある社長に少しお話したところ、「そうか、やっぱり私の育て方は正しかった。私は息子に「将来自分でやりたいことは自分で考えろ」と突き放しているんです」・・・やっぱり話すべきではなかったか・・・後悔・・・このタフラブで大事なことは「例えば子どもが目の前で転んだとき」というところ。
慶應義塾大学・大垣昌夫教授は、タフラブを「時間選好」と絡めて、次のように説明されています。「時間選好とは、人が現在と将来のような異時点間の消費や余暇について、どのような好みを持っているかということである。ほとんどの人々には現在の消費を将来の消費よりも重視して、将来の消費から得られる効用を割り引いて評価する傾向がある。このことを時間割引といい、割引の割合を時間割引率という。」ちょっとここで解説。この意味は、例えば、「今だったら10,000円あげます。1年後だったら11,000円あげます」と問われたとき、どちらを選択するか、というのが時間選好であり、1年後に得られるはずの1,000円を捨てて今の10,000円を手に入れようとするのが時間割引。そしてこの受け取った10,000円と1年後に受け取れるはずだった11,000円の差10%が時間割引率ということです。それでは続きを・・・「時間割引率の低い人は、忍耐強く、満足を後回しにすることを比較的苦にしない。時間選好のもう一つ重要な要素は苦しいことは先送りして今楽しみたいという誘惑に対して自制することができるか、ということである。時間割引率が低く、自制できる人は経済、学業、対人関係などの面で成功する傾向がある。(中略) 親は、長期的な子供の利益をために厳しくしつけることが良いと分かっていても、今の子供の苦しみは避けたいという誘惑を受けることが多い。しかし時間割引率の低い親は、子供が忍耐強くなることを願って、子供時代の消費を低く抑える。また子供が悪友たちの影響を受けて忍耐強くなってしまうと、子供がもっと忍耐強くなることを願って、お小遣いを減らすなどのしつけ行動を取る。」そう、決して「お前の好きなことをしろ」ではなく、逆に負荷(タフ)を与えることが大切だ、ということなのです。私は事業承継において、「俺の後を継げ」と明確に伝えることこそ必要だと訴えています。以前はそんなことを言う必要はありませんでした。それは長男が継ぐことが当たり前だったからです。親が「継げ」と言わなくとも、周囲が「跡取り、跡取り」とその覚悟を勝手に固めてくれていたからです。しかし現在は、その二つの要因は存在しません。そのために子息は、そこがどこかもわからない海の上で、なすすべもなく漂っている状態とも言えます。「お前の好きなことをやればいい」ほど無責任なことはない、ともお伝えしています。もちろん親としては、子がやりたいことをやってくれることが一番に決まっています。私も二人の娘の親として、そう願っています。でもそのやりたいことをきちんと考え明確にし肚決めさせるためにも、「俺の後を継げ。そうでなければそれを上回るなにものかを俺の前に持って来い」と言わなければならない、そう思うのです。「お前の好きなことをやりなさい」この言葉は、私から見れば時間割引率の高い親の無責任な言葉と感じられてなりません。


No.018 三方よし

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2010/05/31 09:00:00

 
「三方よし」で有名な近江商人ですが、先日歴史作家・童門冬二氏が 中日新聞の「先人たちの名語録」というコラムに、次のような史実を紹介されていました。ちなみに「三方よし」とは「自分よし、相手よし、世間よし」のことで、自社の利益、お客様の満足、社会への貢献を同時に目指すことを意味し、好ましい企業経営の根幹を成す思想です。私もコンサルティングにおいては、このことを常に念頭においてアドバイスさせてもらっています。ちなみに私の理念は、「私たちは経世済民の大義の下、三方よしの精神で、お客様の心をわが心とし、使命感と納得感をもって、活喜生輝(いきいき)人生を送ります」(活喜生輝とは、喜んで働き、輝いて生きること) です。さて、童門氏によれば、江戸期の近江商人は、インフラの行き届いた東海道ではなく、交通の不便な中仙道を選んで行商に出かけていたのだそうです。これは「不便な土地にこそ客がいる」というマーケティング上の答えというだけでなく、「不便な土地に住む人ほど中央(江戸・京都・大阪など)の情報を欲しがっている」という判断も加わっていたのだとのこと。品物だけでなく情報もお届けする、要するに行商の動機が、単に利を求めてのことではなく、「過疎地に住む人を喜ばせたい」というヒューマニズムに根差したものであった、と紹介されていました。本当に大事な視点だと思います。この記事を読んで以前参加した、「京都の老舗の経営学~100年、200年と続く老舗の商いの極意~」(岡崎商工会議所主催)というセミナーで、講師の久乗(くのり)哲さんが「暖簾」について、「お客様をはじめとする利害関係者との信用の積み重ねで形成されるもの」とした上で、暖簾が成立するための条件を次の3つにまとめてお話されていたことを思い出しました。
①  品質の高い商品を生み出す能力から得た信用、技術的能力に裏づけされた信用であり、厳しい    品質基準の存在と、それを可能にする技術の確立によって得られるもの②     経営者の持つ良心から得た信用
③     無茶なことは行わないだろうという信用中でも②について久乗さんは「良いものと悪いものの違いははっきりしているが素晴らしいもの(great)と良いもの(good)は見分けられない。結局「あの人が売っているものなら・・・」、「あんな素晴らしい従業員がいる会社が売っているものなら・・・」といったことで判断するしかない。この経営者の持つ良心が、結局は全ての始まりである」との話に唸りました。この“経営者の良心”が近江商人に息づいていたのだと思います。また「京都の老舗は売上を“縦”に拡大していく。それは今のお客様を大事にすることによって、そのお客様の子々孫々に繋ぎ、広げていくこと」とも。「映像で人を幸せにするのが理念。まだ見ぬお客様も幸せにする義務がある。お客様から現状では不可能な要望を突きつけられたとき、無視せず、記録に残し、次の代に可能にしていく」(高谷写真場・小畑晃さん)千年続く経営は、結局このような考えができて初めて実現していくのだろうと思います。


No.019 贅沢と節約

1000nen

2010/06/07 09:00:00

 
先週は立て続けに「ケチ」な人に出会い、またそういう人に限って自分の「ケチ」さ加減を自慢されるので辟易としていたところに、これまた「ケチと倹約の違い」とか「本当の贅沢とは」とかといった文章に偶然出会う面白さ・・・今回は「贅沢と節約」との違いを取り上げてみたいと思います。このところマイブームとなっている歌舞伎役者・市川亀治郎さんのコラム・日経新聞夕刊「プロムナード」で彼は次のように解説していました。 質素:不必要な物を持たないこと ケチ:必要な物を持とうとしないこと 贅沢:必要な物にお金を掛ける 浪費:不必要なものにお金を使うなかなか鋭い視点だと感じますね。私が押しかけ弟子を気取っている大和古流廿一世当主・友常貴仁先生の著書「日本のち・から」(三五館)で紹介されている松江藩第七代藩主・松平不昧公。「文化に造詣が深く、剣術・弓術・茶の湯・香道・和歌・俳句・・・と、ありとあらゆる日本の傳え事を若い頃から学び身につけていた。しかし家臣たちは茶の湯の道具の名品を数々買い集めた不昧公に、いくら殿様だからといって趣味にあんなにも大金を使うなんて・・・と陰口をたたいていた。ある年、大変な飢饉が襲った。その時不昧公は、買い集めた名品の数々を惜しげもなく一気に売り払い領民の救済にあてたのである。家臣たちはみな、いまさらながらに、殿様の先見の明に感心したのであった。」(以上、本文より抜粋)「日本列島に生き抜いてきた「やまと人」の伝え続けてきた事々に、人、如何に生きるべきかの秘伝が込められているのを私は承知している。(中略)いま、こう実感する。歴史は過去ではなく未来である、と。歴史上の人物は、同時代を生きる師であり、友であることを痛感する。」とまえがきされたその第一の例話に挙げられたこの不昧公。利ではなく、価値を知って手に入れ、しかしその価値を上回る必要性を感じれば、惜しげもなく手放す。それも自分のためではなく・・・
世の中には、必要もないのに「儲かるから」といって借金をしてまで手を出し、ちょっと儲かるとすぐ追い金。ところが環境が悪化し値が下がると、惜しくなって手放せず、結局二束三文に・・・質素とケチ、贅沢と浪費の見極めができない人が増えているように思います。という私も少々浪費癖があるのですが・・・この違い、いったいどこから来るのでしょう。
先週ご紹介した近江商人の例話で、童門冬二氏は「近江商人は、自分のために惜しむのはケチ、人様や社会のために惜しむのは倹約と区別している」と・・・私は、この二律背反の現世において、例えば贅沢にも良い贅沢とそうでない贅沢があり、節約にも良い節約とそうでない節約があるように感じます。贅沢
+ 分福=利他(惜しみなく、気前良く、存分に、景気良く)- 捨福=自利(奢侈、飽食、金満、奢り、徒食、酒池肉林)節約+ 惜福=倹約(質素、経済観念、省エネ、保全、上手、無駄なし、慎ましく、取っておく)- 枯福=けち(締め付け、圧縮、緊縮、浮かす)お互い、良い贅沢、良い節約をしたいものです。そしてこの良い贅沢、良い節約が、長続きする会社の条件の一つのように思います。


No.020 原点

1000nen

2010/06/14 09:00:00

 このところ「原点回帰」というお題で講演を頼まれることが多くなりました。いつの時代も、景気低迷が続くとこの依頼が増えてきます。私は正しい姿勢だと思います。さて話の内容ですが、以前は「元・本に帰る」「大事なことを思い出す」といったニュアンスでお伝えすることが殆どでしたが、今の時代はそれだけではいけないのではないか、と感じ始めています。もっと抜本的な何モノかが必要だ、と感じるのです。詳細はまたお会いしたときにじっくりお話したいと思いますが、バブル崩壊で内需というエンジンが止まり、リーマンショックによって先進国向けの外需というエンジンが止まりました。今はこれまでの蓄積で何とか飛んでいる、日本経済は概ねそんな状況にあるように思います。このまま何もしなければいずれ墜落、そういう未曾有の転換点に来ているように思うのです。そんな思いでこのテーマと向き合ったとき、「何故“げんてん”は“原点”と書くのだろう」という素朴な疑問が生まれました。そして「原」という文字を充てられた意味を考えてみました。正解かどうかは別にして、非常に面白い発見をしました。それは「はら」という音が表す意味です。以下、「はら」から始まる言葉をいくつか列挙してみましょう。「払う」・じゃまなもの、無益なもの、不用なもの、害をなすものなどを除く。・それまで居た場所をあける。引き払う。気持ちをあるものに向ける。心を傾ける。                                                     など「祓え」・神に祈って罪・けがれ、災禍などを除き去ること。・また、そのための儀式や、その祈りの言葉。おはらい。はらい。                                               など「晴らす」・心の中の不満や疑いを消して気持ちをすっきりさせる。満足させる。                                                 など「波羅蜜」・迷いの世界から悟りの世界へ至ること。                            など「孕む」・子を宿す。みごもる。内蔵する。・芽や穂が出ようとしてふくらむ。                           など「波瀾」・単調でなく、変化のあること。                        など何となく「はら」が使われた理由がわかるような気がしませんか?
「原点」とは、「元・本に立ち返る」と共に「次への成長を阻害する要因を捨てる」その上で「新しいものを生み出す(孕む)」こと併せ持つ言葉ではないかと感じる今日この頃です。そして迷いなく、新しい未知なる道を信念を持って歩き始める・・・「変わらないために変わり続ける」のが本当の「原点」であるように思います。


No.021 天敵

1000nen

2010/06/21 09:00:00

 
先日、お茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏が日経新聞夕刊のコラム「あすへの話題」で、次のように述べられていました。「力を発揮するには相手があった方がよく独り相撲は問題にならない。かつての小学校の分教場のこどもはよく勉強するわりに学力の伸びが小さい。途中で本校へ移ると急によくできるようになる。せり合う友だちがあるからだ。社会人でも同期にライバルがいると大成することが多い。お山の大将ではだめ。スポーツ選手も好敵手があった方が強くなる。ひそかにライバルの事故を願ったりすることもないではないが、実際、敵がいなくなると、多くは自滅する。敵の健闘をたたえるのがスポーツマンシップである。汝敵を愛せよ、である。」 最後に「敵のあることはむしろありがたい」とまとめられていますが、経営においても、社員育成においても言えることだと思います。もちろん、経営においては「ブルー・オーシャン戦略(*)」的な発想は大切です。しかし明確なライバルがいるからこそブルー・オーシャンを探そうとするのでしょうし、またその発掘の努力を怠らないのだと思います。*「ブルー・オーシャン戦略」
INSEADビジネススクール教授のW・チャン・キムとレネ・モボルニュが著したビジネス書、およびその中で述べられている経営戦略論。競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)」とし、競争のない未開拓市場である「ブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない領域)」を切り開くべきだと説く。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)さて中小企業であっても、会社としてのライバルを探し出すこと、ベンチマークする企業を設定することはそれほど難しいことではありません。しかし、中小企業においては、同年代の社員を複数人採用できるだけの規模であればまだしも社員同士をライバル化するのはなかなか難しいもの、また同期生が複数人いたとしても、大企業のようには競争の原理が働かないものです。また“今ドキの若いモン”は、「完遂できずに投げ出すことが多い」とも聴きます。それではどうすれば良いのでしょうか?養鰻業においてかつて国内の稚魚が不漁となり、海外から輸入することになったときのこと。鰻の稚魚(シラスウナギ)は非常に弱く、輸送の段階で全滅してしまっていたのだそうです。困り抜いた業者はあることを思い付き、実行に移しました。それは、稚魚の天敵であるナマズを水槽の中に入れることでした。そうするとどうでしょう。残念ながら2割は食べられてしまいましたが、残った稚魚は元気一杯水槽を泳ぎ回って、無事日本に到着するようになったのだそうです。この天敵の役割を経営者が担うこと、それが答えとなると思います。そして社員育成におけるこの天敵の役割とは何か、それは
①     我が社の行く先を明確に示すこと(ゴールは日本!)
②     そのために“あなた”に期待すること(場と役割)を明確に示すこと(生きて日本に!)
③     その役割をきちんと果たすよう、諦めず、指導叱責し続けること(逃げ切らないと  食べちゃうぞ!・・・これはちょっと違う?)
④     達成感を感じさせ続けること(よく生き残った!)
⑤     次の目標を絶え間なく与えること(次はおいしい蒲焼になることだ!)
ことを繰り返すことだと思います。
 
特に、達成感は人がヤル気になる最大の要因です。先の“今ドキの若いモン”は「やらなくても何も言われない」「達成感を感じるところまで続けたことがない」のだそうです。そんな彼らでも、一度達成感を感じることができたら、間違いなく変われます!「今ドキの若いモンは・・・」と嘆く暇があったら、この役割をきちんと担いましょう!
千年続く経営は、その仕組みの中でこの歴代の役割が明確に機能している経営だと思います。


No.022 自問自答

1000nen

2010/06/28 09:00:00

 
先週の木曜日、瀬戸会が開催されました。毎月新しいメンバーが一人ずつ増え、朋つくりが進んでいるのは、やはりメンバー一人ひとりが会で学んだことを実践し、成果を上げているからだろうと思います。中にはお父様が「勉強になるいい会がある」といろんな人に声を掛けてくれているそうで・・・嬉しいことです。さていつもの近況報告の中で、「お客様のために何ができるか、そのことを自問自答する毎日です」という報告がありました。大変素晴らしいことです。この問いは、常に自らに投げ続けることが必要です。それが千年経営の原点なのですから・・・ただ一つ、「自問自答だけでよいのか」という点は考えなければなりません。「自問自答」大辞林によれば「自ら疑問を発して自分でそれに答えること」。そのまんまですね(笑)。もちろん、自分の中に答えがある(だろう)ことであれば良いのですが、今の自分にはその答えの持ち合わせがない、とすれば、いくら考えても出てこないわけで・・・大事なことは「気付いたら直ぐやる」ことだと思います。「お客様のために良い」と感じたらすぐやる、お客様が「あのぉ~」と声を掛けてこられたら直ぐ「ハイ!」、「これをやって欲しいんだけど」と言われたら「ハイ、喜んで!」・・・とにかく直ぐやる。そうすると、自ずと「何をすることがお客様の喜びになるのか?」は見えてくるもの。逆に「自問自答」ばかりしている人は、よく観察してみると「動いていない」・・・こういう人は一生「自問自答」して終わる・・・そういうものだと思います。さて、「お客様のため」を考える時、「お客様のため」だけを考えていて良いのでしょうか?私はちょっと違うような気がします。「夫・妻のため」「子どものため」「親のため」「兄弟姉妹のため」「親類のため」「友人のため」「仲間のため」「社員さんのため」「部下のため」「上司のため」「仕入先様のため」「協力会社様のため」「地域のため」「ご近所さんのため」「株主さんのため」「債権者様のため」「国のため」「地球のため」「宇宙のため」「ご先祖様のた」・・・いろんな「ため」を考え、実践する人が、真に「お客様のため」を実現できる人だと思います。そしてその「ため」を、怠りなく、不満なく、サボりなく続けていくためには・・・何より“使命感”が必要です。使命感とは、「自分が引き受けて行わなければならない任務・義務・天職を成し遂げようとする気持ち」(大辞林参照)です。しかしいきなり「使命感を持て」と言われても、にわかに持てるものではありません。ではどうすれば使命感を持てるようになるのか?使命感の源泉は、実は「感謝の気持ち」です。自分が現在の状態でやっていけているのは他者(物)から受けた力添えの結果であることに気づき、心から有り難く思う気持ち・心情であり、他者(物)に対して貢献していこうという意欲や献身的行動を生み出すもととなる感情なのです。
・     私を生み、育てて、無償の愛をいただいた親への感謝
・     私を守ってくださっているご先祖様への感謝
・     私に生きるすべを教え導いていただいた師への感謝
・     私に安らぎをもたらしてくれている家族への感謝
・     私を支え、力を貸してくれている上司や部下・同僚、そして取引先様への感謝
・     私共の会社をご利用いただき、ご支援いただいてくださるお客様への感謝
・     私共に商いをさせてくださっている地域及び地域の方々への感謝
・     私共が安心して商いができる環境を提供してくれている日本、そして地球への感謝
 
 これらの感謝の気持ちに気づくためには、「内観」が必要です。
・     これまでの人生において、誰にどんなことをしていただいたのか
・     そのことによってどんな学び、どんな幸せを得ることができたのか
・     その方々に対してどんなご恩返しをしてきたのか
・     そして、今だったらどんなことをしてあげたいと思うのか
 この気付きこそが使命感の源泉です。そしてこの使命感が「ため」の礎です。素晴らしい優れた経営者になるために、何よりもまず「感謝心」を徹底して磨いていくことが大切なのだと思います。


No.023 推敲

1000nen

2010/07/05 09:00:00

 
今月から日経新聞夕刊「プロムナード」のコラムニストが変わり、私が今年1月から毎週楽しみにしていた歌舞伎役者・市川亀治郎さんが降板されてしまいました。少し寂しい気分です。
舞台に映画、ドラマにテレビ・ラジオへの出演、更には出版や雑誌への寄稿と、まさに獅子奮迅の活躍をされている市川さん。一体どこにあの筆力ある原稿を書く時間があるのだろうと、いつも驚嘆しながら拝読していました。
私もこのコラム「千年(ちとせ)」に加え、日本実業出版様の「ニュートップリーダー」に毎月「事業承継の王道」を連載させていただいていますが、約2,000文字の原稿を書き切るのに10回以上の推敲を重ね、携わった時間を寄せ集めれば優に丸一日以上の時間を要しています。
推敲に推敲を重ねたであろう半年間に亘る毎週の85行×16文字に、今改めて頭が下がると共に、まだ35歳の市川さんの更なる活躍をお祈りしたいと思います。
さて今週はその「推敲」について考えてみたいと思います。推敲(すいこう)とは、唐代の詩人賈島(かとう)が「僧は推す月下の門」の「推(おす)」を「敲(たたく)」にしようかと迷って韓愈の助言で「敲」にきめたという故事から生まれた言葉で、「詩文を作るとき、最適の字句や表現を求めて考え練り上げること」(大辞林参照)を意味します。
詩文に限らず、人にとって人生そのものが推敲の連続です。経営もまさに同じ。推敲に推敲を重ね、最適解を求め続ける。そしてその推敲の経験の量が、人間の器、経営者の器を創っていくのだと思います。
経営者は“経営のプロ”でなければなりません。そのためには常に勉強し続けなければならない。まずは『経営全般に対する専門知識・手法』をきちんと学ぶことが大切です。あらゆる手段を使って、経営に関するさまざまな知識や手法を習得する機会を設けていく必要があります。中には「勉強させると頭でっかちになっていけない」という親御さんもいらっしゃいますが、これは間違いです。やはり経営者としての勉強は必要です。
ただそこには“現場感”が欠かせません。机上で学んだ理論に現場体験を重ね合わせることで初めて効力を発揮するのです。現実は学んだ通り、定石通りには行かないもの。だからこそ百戦錬磨の訓練、即ち『その専門知識・手法を実践の場に適応した経験を積む』ことこそが大切なのです。
そしてこの取り組みそのものが「推敲」なのだと思います。学んだことを実践してみる。ところが期待通りにはならない。「何が悪かったのだろう」「どうすれば良かったのだろう」と思い悩み、次なる方法を考えまた実践。成果が上るまで実践し続ける。これこそが人生の推敲、経営者としての推敲だと思うのです。
先の「プロムナード」で同じく先月で降板された作家の坂上弘氏が、その最終稿で次のように締められています。
「推敲が成功するとはかぎらない、失敗することもある、といった彼(陶芸家・竹之内彬裕さん)のことばを、納得できた。成功も失敗も、べつに気にすることではあるまい。推敲のない人生は、ありえない、ということを大切にしたい。」本当にその通りだと思います。推敲そのものが自らの成長に繋がる。経営者の器創りとなる。恐れず、怯えず、大安心で推敲し続けていきましょう。


No.024 ヨク

1000nen

2010/07/12 09:00:00

 
今月に入って私は、人事部長として入社3年を経過した社員の面談を実施しています。当社は以前、社員の定着率が悪く、一月に数名の退職者が出ることもあるような状況でした。そのような中で創業者が亡くなり、人的統治力の減退が危ぶまれた3年前、特に「石の上にも三年」がんばってくれた社員を対象に行うようになったのです。
 ちなみに、3年経過者面談のほかに、入社半年後の正規採用面談、毎年1回実施している社員診断<CUBIC>の成績悪化者を対象とした面談、退職時面談を実施しています。面談制度を設けた年には他社に転職して数年経った者との面談も行いました。これらの面談を通じ、社員の目から見て、いったい何が問題視されているのかがはっきりとわかり、3年かけてさまざまな改善を行ってきました。
その効果もあってか、徐々に定着率は高まり、入社5年目以降の社員に至っては、ほぼ退職者なし、という状況になっています。大変有難いことです。
さて今年も19名の面談を実施する予定ですが、既に終わった10名の社員から共通して尋ねられたことがありました。 「亀井さんは、これまで会社を辞めたいと思ったことはありますか?」
興味本位で聴く者、定年まで勤め上げる確信が持てずに聴く者、今に迷って聴く者、その置かれた状況はさまざまですが、ほぼ全員から聴かれたことです。
「ある」私は即座に答えます。本当だからです。これまでに3回ほど辞めようと思ったことがありました。でも結局辞めませんでした。「何故だろう?」以前は私自身が不思議でなりませんでした。
しかし今は確信を持って言えます。「名南に残った方が面白いことができる!やりがいがある仕事ができる!可能性がある!」と有意識・無意識に感じていたからでした。しかしその差は51対49の超僅差。いずれを選択してもおかしくない状態でした。
少し話はそれますが、だからこそ我々経営者は、常にこの「51-49=2(ふ)」の差を提示し続けなければなりません。
不:他社にはない魅力的かつ明確な差異があるか?
歩:社員さんと共に歩む道=魅力的な方向性・ビジョンはあるか?
譜:系統立てて書き表したもの=魅力的な計画はあるか?
踏:魅力的な踏襲すべきもの=繋いでいきたい伝統はあるか?
富:心身共に富む=精神的・経済的満足を得ることができるか?
風:好ましい組織風土はあるか?
腑:腑に落ちる=納得できる話し合いができているか?     などなど
さて、閑話休題(よだんをもどして)・・・
「辞めたいと思ったことはこれまでに3回ある。そのたびに私は51対49で残ることに決めてきたんだ」と説明した上で、「もし君が同じ状況に立った時、結果として辞めても残ってもいずれでも構わない。大切なことは、49(ヨク)の方を完全に捨て去り、選んだ方に51(コイ)することだ」と諭します。少なくとも私はそうしてきたという自負がありますし、その結果が今の私を作ってくれていると思うのです。
しかし世の中には、このヨクを捨てられず未練たらたらの人がいる。逆に「あっちにしておけば良かった」と、いつまでもクヨクヨしている人がいる。「君は決してそうなってはいけない」・・・できればいつまでも100点満点で「残る」ことを選択し続けてもらえればと祈りつつ、そう語っています。
このことは企業経営にも通じることであり、また千年経営の実現に必要な視点であると思います。但し、経営の“経”は縦糸、変えてはいけないもの、即ち「理念」「信用」「社会性」など、これは捨ててはいけません。でも経営の“営”は営み、時代に合わせて変えていかなければならないもの、即ち事業そのもの。事業には「選択と集中」が必要です。そして「選択と集中は、捨てることから始まる」・・・その“捨てる”ときの要諦が、ここにあると思います。
注1)要諦(ようてい) - 物事の最も大切なところ。肝心かなめの点。


No.025 師

1000nen

2010/07/19 09:00:00

 
この7月からドメイン名が変わり、メールアドレスが変更になりました。先週末に閉鎖される予定だった旧アドレスに送られてきたメールの整理をしていたところ、私が押し掛け弟子を気取っている、大和古流廿一世 友常貴仁当主から直々にいただいたご指導の数々が私の心に飛び込んできました。(御当主が紹介されている「大和しうるわし東海本部」のHPはコチラ→http://www.y-uruwashi-tokai.jp/)
御当主とのお付き合いは平成16年に遡ります。当初は御当主が講師を務める講演会に足を運ぶただの一受講生でしたが、翌年ある事件をきっかけに、大変深いお付き合いをさせていただくようになりました。
その事件の後、御当主と一緒にある企画をすることになったのですが、これが実に大変、困難窮まるものでした。何が大変って、企画そのものではなく、御当主の理不尽な要求・要望(御当主、すみません。当時はそう思っていました・・・苦笑)、日々繰り返される執拗な叱咤に、時として現れる激烈な罵倒・・・
 「何でここまで言われなくっちゃいけないんだ」
怒り心頭、正直「いつ逃げ出そうか」「いつ縁を切ろうか」とばかり考えていた時期さえありました。
しかしある日、毎日十は優に超えるであろうメール攻撃の中に、私に成長して欲しいと願う御当主の心根が見えたような気がしたのです。
「精一杯背伸びをしなさい。身の程、並と楽な範囲での行動では、向上心は育たない。」「不利を勝利する大将になりなさい。日々戦っても階段戦果。一気に勝てる機を見逃し てはいけない。機を迎える構えを持ちなさい。」
「三間先の針の穴に糸を通す工夫をしなさい。勝ち負けは時の運なれど、かねてよりの 心得通り、全身全霊を以って挑むのみ。一手の手加減もせぬ覚悟を持ちなさい。」
「奇跡は偶然に起きるのではない。実績の積み重ね、繰り返しの上に必然に起こる。 精進しなさい。」
「何もしないで結果を出せないのは敗北者である。精一杯何かをして、結果が出なかっ たものは敗北者ではない。新しい挑戦は結果を出すまで誰も理解してくれない。諦め た時、敗北者となる。結果を出すまでやり続けることが大事なのである。」
厳しい叱責の後に必ず付いてくるこれらの至言の数々・・・。改めて読み返したそのときから、私の動きが変わってきたように思います。
今こうして五年の歳月を振り返り、「師」を持つことの大切さを、改めて強く感じます。私を育ててくださっている当の御当主にも先師、老師、先代という三名の「師」がいらっしゃる。
振り返れば私の人生、常に厳しく叱咤叱責をしてくださった「師」がいました。やさしいだけの、ものごとを教えてくれるだけの先生ではない。妥協を許さず、停滞を許さず、過ちを許さず、嫌われることを恐れず、肚に落ちるまで箴言を与え続けてくれる存在、正に「師」というに相応しい存在がいてくれたからこそ、今の私があると確信します。
いつの時代も、一代を成す者には必ず「師」といえる方がいらっしゃることには疑う余地はないと思います。それが連綿と続いた姿が千年経営なのだと思います。どうぞ皆さんも貪欲に「師」を求め続けてください。
そして我々は、「師」と呼ばれるに相応しい者になれるよう、共に精進して参りましょう。 


No.026 変わる

1000nen

2010/07/26 09:00:00

 
総務部長という役柄、いろいろな営業の方とお会いする機会があります。面識のない方の場合、基本的にご紹介をいただかないと会わないようにしていますが飛び込みであっても“爽やかな”営業マンであったりすると気まぐれに話を聴いてみたりすることがあります。先週の金曜日に「1年ぶりです」と訪ねてきたその子は、まさにその希少な機会をゲットした子でした。ただ、ちょっといわく因縁のある子で・・・1年前、「新入社員です!」と元気良く飛び込んできたその感じの良さに思わず時間を割いてしまった上に、なんとなく「育ててやっても良いかな?」と思わせる物言いや立ち居振る舞いから、ついつい「じゃあ次回、提案書を持ってきて」と同席した者が驚く要望を出してしまいました。でもそれくらい気分が良かったのです。どうぞお察し下さい。
何度かのやりとりの後、「一度使ってみようか」と思い始めた頃、「上司」と名乗る人が登場しました。「いろいろとありがとうございました」と謝意を伝える平身低頭で柔和な態度。しかしその裏にある何かに違和感が・・・
新人君だけだった頃は、「本当にうちのことをちゃんと考えてくれてるなぁ」と感心していたのが、この「上司」が登場してから一変。掛かってくる確認の電話の内容は手前勝手な話ばかり。当然のように突っ返すと、返ってくるのはやはり自社の都合の押し付けとしか思えない解答・・・。そんなやりとりが何度か続いた後、「あの上司に言わされてる」ことなどはっきりわかっていましたが、私は彼に雷を落としました。「どこみて仕事してるんだ!二度と来るな!」
彼は、もう契約してもらえるものだと思っていたに違いありません。ただ、自分の取った言動も、どう考えてもおかしいこともわかっている。上司への怨みもあったことでしょう。複雑な思いを抱え、彼はその電話の20分後、アポなしで訪ねて来ました。
一言の言い訳もせず、涙を流して詫びる彼に私はこう伝えました。「残念だが、契約はできない。君の業界が苦しいのはよく承知している。その中で君は本当にうちのことを考えて提案してくれた。だから契約しようと思ったんだ。でも君は変わった。その理由は問わない。しかし今の君に(本当は君の会社に)信用はない。信用できないのに契約はできない。わかるね。」
小さくうなずく彼に私は次のように付け加えました。
「君は良い営業マンになる。何が大切か、もう一度良く考えて、また来年いらっしゃい。成長した姿を見せて欲しい。」
涙でぐちゃぐちゃになった顔に笑みを浮かべて、いつもの爽やかさで「ハイ!僕、変わります!」といった彼に、私もちょっとホロッと来て、「来年はこの子から買ってあげることになるだろうなぁ」と思ったのでした。
そして1年後、変わりなく爽やかに微笑む彼の横には、去年とは違う上司が・・・でも・・話す内容は、前の上司と同じようで・・・
私は心の中で叫びました。「君は自分を変える前に、会社を変えなさい!」と・・・
「ヤル気のある若い子を入れて、会社を活性化させたい」といった話をよくお聴きします。私は「画餅に過ぎない」と一蹴します。ヤル気のない集団にヤル気のある子を入れても、その子は辞めていくかヤル気をなくすかどちらか、です。要するに先の希望が叶うことはあり得ないのです。
となれば、彼が辿る道は・・・。何とか自分の良いところを伸ばす選択をして欲しい・・・彼の目を見詰めながら「この想いよ、届け!」と念じ続けました。この希望は、果たして叶うか、叶わぬか・・・
それでは逆に、ヤル気のある集団にヤル気のない子を入れるとどうなるか?その子は辞めていくかヤル気になるかどちらか、です。
まずは既存の組織を変えましょう。そのために私たち経営者は、自社の社員の至らなさを嘆く前に、我と我が身を改めていきましょう!経営者が変われば会社は変わる、なのです。 


No.027 判断

1000nen

2010/08/02 09:00:00

 
今回も3年経過者面談から話題を一つ・・・「この3年間を振り返ってどうだった?」そう私に尋ねられたK君は、「100点満点中20点」とした上で、次のように答えました。
「入社当初思い描いていた4年目は、もっと仕事ができる人間になっていると思っていました。周りからは仕事が集まり、自分で仕事を創り出して挑戦することもできている。名南でなくても自分ひとりでやっていけるくらいの実力がついている、そう思っていました。でも・・・」
「理想と現実は全然違っていた」というK君に、その原因を自己分析するようを促したところ、「一番問題なのは、“素直さ”がないこと。注意を受けたとき、その場では「はい」というものの、心の中では「でも」・・・。何につけても「これが本当に意味あることかな?」と思ってしまう。僕には何事もやる前に判断する悪い癖がある。やったとしても、疑問を抱きながら取り繕うようにやるので結局は行動革新に繋がらず、いつまで経っても考えも行動も変わらない、それが今の私だと思います。」極めて的確な分析!「やっとわかってくれたか・・・」と心の中でつぶやきながら、「じゃあ、これからどうすれば良いと思う?」と優しく問いました。するとK君は、自信を持って元気良く、「やった上で判断するようにします!」
「馬鹿モン!」私はまた雷を落としてしまいました。
「20点のお前に何が判断できる。50点、80点、100点の先輩が、おまえのことを真剣に考えて、「こうしたらどうだ、ああしたらどうだ」とアドバイスしてくれる、その真贋を20点のお前がどう判断するというんだ?2合目で右往左往しているお前を、頂上から的確なアドバイスをしてくれているんだ。素直にすぐやる。やって、やってやり切る。判断するのではない。先輩が言う成果を出すまでやり切れ。」
「言われたらすぐやる、気付いたら直ぐやる、間髪入れずに喜んでやる」
そう締め括った私に、「やっと本当の原因がわかりました」とすっきりした顔で退室するK君を見ながら、「まあ、俺にもそういう時期はあったわなぁ~」と苦笑い・・・尾崎豊ではないけれども、反発・反抗することで自分らしさを感じる時期はあって良いと思います。その反発心、反抗心が強ければ強いほど、その跳ね返り、即ち素直な心も大きくなる。反発や反抗からは何も生まれない、それどころか、事態はどんどん悪化し、自他共に悲しい結末しか生まれないことに心から気付いたとき、本当に純粋な素直な気持ちが生まれるように思うのです。
一方で、自己の成長は素直な心と正比例。もちろん間違っていると感じたり、おかしいと思ったときには、それこそ素直に質問すれば良い。質問しても“わからなければ”やってみる。それが最高の成長の条件。
最悪なのは反発するつもりもないのに何もしないこと・・・心に手を当ててみましょう。そして「気付いたら直ぐやる!間髪入れずに喜んでやる!」・・・言い訳無用!


No.028 やればできる

1000nen

2010/08/09 09:00:00

 
去る6月27日(日)、Jリーグの試合も行われるあの豊田スタジアムにおいて豊田市倫理法人会グループ主催のモーニングセミナーが開催されました。開場時間は朝の5時。さらには小雨が舞い降りる中であったにも関わらず、大変多くの方にご参加いただき、盛大に開催することができました。ご参加いただいた方々、並びにご協力いただいた方々には、改めて御礼申し上げます。
また先週の土曜日には、愛知県倫理法人会3,300社達成式典が行われました。私が所属する豊田市中央倫理法人会も、何とか150社の目標を達成でき、安堵感の中で式典に参加することができました。
実はこの2つのイベントには、ちょっとした物語がありました。
豊田市中央倫理法人会は、毎週水曜日の朝6時から名鉄トヨタホテルにてモーニングセミナーを実施しています。6月27日の「夢の2,010名モーニングセミナー」と名付けられたイベントの集客目標はもちろん2,010名。その目標に対して、私がスピーチをさせていただいた2週前の水曜日、即ち10日前にはまだ1,350名の申込しかありませんでした。
この1,350名という数字、実は全国各地で開催されているモーニングセミナーで過去最高の集客人数。「仮にこの時点で終わったとしても恥ずかしくはない・・・」そんな空気も流れかねない状況でした。
更に進んで1週間前となってもいまだ1,550名・・・
雨模様で更に不安が増す中、当日を迎えました。スタッフは4時からスタンバイ。私が整理係をしていた駐車場にも、4時過ぎには第一陣が到着し、地面は続々と車で埋まっていきます。しかし駐車場は3箇所あり全体像はつかめない・・・果たして2,010名を超えることはできたのか・・・
「思ったよりも少ない」そんな印象を持ちながら、セミナー開始5分前に会場に到着。開始早々に発表された来場者数は、何と2,156名!見事に目標を達成することができていたのでした。正にミラクル!
もう一つのミラクル。それが会員数目標の達成の物語。
8月が年度末の倫理法人会。昨年9月に120社強でスタートした豊田市中央倫理法人会は、150社の目標に対し、達成記念式典の1週間前時点で12社も足りない状況。これにはさすがの私も「ちょっと難しいのでは?」と思っていました。しかしふたを開ければ、前日に目標達成!これまたミラクル!!
全く以って倫理法人会には驚かされることが多い。
そして倫理法人会の会員が口にする「やればできる!」の一言が、「本当に嘘ではないんだ」と、いつもいつも痛感させられます。
翻って、我々日本法人会千年経営研究会。昨年末に今年度中に会員100名達成を誓ってスタートをしました。現在会員数は30名強。でも私は何の心配もしていません。
「やればできる!」
行動さえ伴えば・・・
「打つ手は無限大!」
「やればできる!」
その実践をし続けることができる企業こそが、千年経営を実現する企業だと思います。


No.029 終戦記念日

1000nen

2010/08/16 09:00:00

 
8月15日は終戦記念日でした。皆さんはどう過ごされましたか?
昨年は私にとって戦争というものを考える、いや、戦争を知らない戦後世代の我々の役割というものを考えさせられる3つの出会いがありました。
一つは、「知覧特攻平和会館」です。わが国を、そして我々国民を守ろうと、若くして散っていった方々の遺品、遺言の数々に、流れる涙を抑えることさえできず、ただただ立ち尽くすのみでした。それを文字にすることは、なんだか冒涜のような気がします。是非一度お立ち寄り下さい。そしていつか、共に語り合いましょう。
http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920195935&pLang=ja
一つが、大和古流廿一世・友常貴仁当主から教授された「日本国憲法前文」です。私は40年以上もこの日本に生きてきて、教えていただいたその日まで、内容どころかその存在さえ知りませんでした。本当にお恥ずかしい話しです。
以下全文です。皆さんは何をお感じになりますか?
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
もう一つが、博報堂最高顧問・近藤道生(みちたか)氏が、日経新聞「私の履歴書」に書かれた文章。敗戦によって自決者が続出する中、配下三千人を前にお話になったという内容です。その日を境に自決は止んだといいます。
「異質の文化と文化の戦いは、ドイツの歴史学者ランプレヒトが言うように、相手を食い尽くさなければ終わることがない。祖先たちは何百年もの長きにわたり朝鮮半島や中国の文化と血みどろの戦いを続けてきたが、食い尽くされることなく今日を迎えている。明治以降の横文字文化との戦いも数百年はかかる。その第一回戦の武力戦争に負けたからといって日本人として生きていく意義が失われた訳ではない。祖国は焼け野原かもしれないが、我々は文化と文化の戦争の戦士として、命の限り戦わなければならない。生きて祖国に帰り、本当の戦いの戦列に立とうではないか。」
果たして私は、先達たちが命を賭して残してくださったこの祖国に対して、一体何ができているのだろう。世界で唯一戦争を放棄した、世界に誇るべき崇高な憲法を持つこの祖国に対して、いや我々日本国民が憲法に誓う全世界の恒久平和に対して、一体何ができているのだろう。
小宇宙である私の体は、私の意思に関係なく今日も働いてくれている。心臓は心臓の、肺は肺の、腸は腸の、肛門は肛門の働きを、文句も言わず、不平も言わず、ただひたすらにしてくださっている。
大きなことは言うまい。せめて私の体のこの臓器たちのように、いやもっと微小なる人体60兆個の細胞の一つひとつのように、自らの使命を全うすることで世界平和にわずかながらでも貢献したい。
私はこの終戦記念日を、先達たちを慮り、その思いに想いを馳せ、自らの使命を改めて自覚し直す、そういう日にしたいと思っています。
余談ですが、知覧特攻平和会館を尋ねたその夜、私は「千年続く経営の礎創り」という使命をぼんやりながら自覚し、その取り組みの第一歩を踏み出したように思います。何かに背中を押されるように・・・


No.030 借り

1000nen

2010/08/23 09:00:00

 
この盆休み、家族で久しぶりに映画を見てきました。「借り暮らしのアリエッティー」というジブリ作品。家族は楽しんでくれたようで、何よりでした。きれいな映像、可愛くてコミカルな登場人物、落ち着く音楽などなど、私も嫌いではないのですが、ちょっと違和感が・・・。イギリスの児童文学が元になっているそうですから、私が持つ違和感は、全く的外れだろうと思うのですが・・・「借りているといっているが、返してない」というところ。 「返さないんだったら盗みじゃないの?」そんな無粋な話はこれくらいにして、今日は「借りる」ということについて考えてみたいと思います。
よくよく考えてみれば、この世に自分が作り出したもの産み出したものなどほんのわずか、わずかということさえおこがましい限り。ほぼ全てが天与のもの、ないしは他の人の勤労・支援によってあるものをいただき、使わせてもらって成り立っています。これを貰いっぱなしにしてしまったら・・・罰が当たります。
よくよく見渡せば、私の周りには「恵みである」と感じること、「ありがたい」と思うこと、「お世話になりました」と思わず頭を垂れることが溢れています。いや、そうでないものが何もない・・・
このことに気付けば、自然に
 「何かお返しをしないではいられない」
 「世のため、人のために尽くさずにはいられない」
 「誰かのために役に立つことをせずにはいられない」
といった感情が生まれてくるものです。
その心こそ「お借りしています」の謙譲の心であり、「お返ししたい」の報恩の感情を呼び起こす元であるように思います。
振り返れば、かつてこの国には「お返しする」ことが当たり前に行われていたように思います。人に対しても、モノに対しても、自然に対しても・・・
しかしいつしかその当たり前が失われ、自分・自分・自分!になってしまっているように思います。
過去と他人を変えることはできません。過去に、そして他人に文句を言っていても始まりません。私たちにできることは、自分と将来を変えること。
今一度、元々私たちが持っていた「この世に借りものでないものは何もない」という真髄を思い起こし、「お返しさせていただく」のこころを大切にして、報恩感謝の日々を過ごしていきたいものです。

(今回のコラムは、友常当主並びに倫理法人会から教えていただいている内容を加工して 掲載しています。)


No.031 実践

1000nen

2010/08/30 09:00:00

 
先日、日本法人会千年経営研究会のある会合でのこと。私が退席してから数時間、メンバーだけで話し合いの場を持った、との報告がありました。その内容が実に核心をついた内容でありましたので、個人名を伏せてご紹介します。
《以下、メールより》
2次会ではAさんの話となりました。
「親の事業を継ぐ気があるのか?」
「技術承継はどうするのか?」
などとみんなからいろいろと質問を投げかけ、事業承継に対する彼の真意を探りました。
みんなが一番問題だと感じたのは、
「親の言うことをちゃんと聴いていない」
ということ。
いくらか時間が経過した後、Bさんがこの研究会で指導され、指摘され、実践してきた3年間の出来事を熱烈に語り始めました。いつもは突っ込みどころ満載のBさんのこと。
皆が「どっかで突っ込みを入れてやろう!」と、虎視眈々と狙いながら聴いておりました(笑)。
しかし、Bさんの話には全く突っ込みどころがありませんでした。最後にはみんな「その通りだ!」と・・・
そこで痛感したことがありました。
「Bさんは実践したからそれがいえる」
「やはり実践した人の話は全然違う」  と・・・
Aさんは、みんなから
「やらずに、派無し(※)をせずに、親父はこうだと決め付けるな!」
と、最後まで攻められておりました。そして
「親ときちんと派無しをすべきだ」 
「来月はそれが宿題だ!」
ということになりました。
来月が楽しみです。(以上)
(※ 派無し・・・話しをするとは“派(閥)”即ち「考え方の違い」がなくなった状態を           指し、そこまで徹底して“派無し”をする、その姿勢が大切です。)如何でしたでしょうか?やはり実践ほど重みのあるものはありません。
また、こうして実践を通じて学んでいってくれている人がたくさん
出てきてくれたことを、本当に嬉しく思います。
日本法人会千年経営研究会では、9月11日に総会を開催します。

この中で、4つの支部(岡崎、三好、瀬戸、豊橋)のそれぞれの代表が、
この研究会で学び、実践してきたことの成果発表報告をしてくれます。
是非生きた事例を学びに来てください。
心よりお待ちしております。


No.032 約束

1000nen

2010/09/06 09:00:00

 
先日、ある方とホテルのロビーで待ち合わせをしました。ところが約束の時間になっても来られない。「どうしたんだろう、約束を破るような方ではないのに・・・。遅れるなら遅れるで、必ず連絡をくれる方なのに・・・」何かあったのだろうか?もしかすると私が日時を間違えたのだろうか?それとも違うホテルだったのだろうか?そんな不安な気持ちを抱きつつ「5分経ったら連絡してみよう」と思った矢先、メールがありました。
「確認ですが、11時に○○ホテルのロビーですよね?」
実はその方も既にいらっしゃっていました。広いロビーで、かつ入口も複数あったため、お互いに見つけることができなかっただけだったのです。
「先生が遅れるとは思えなかったので・・・」と私の顔をご覧になって直ぐのこの一言に、
「いやいや、約束を守ることは、やっぱり信頼の源だな・・・」
とつくづく思うと共に、改めて身が引き締まる思いがしました。「約束は必ず守らなければならない!」と・・・。私自身もその方を信頼していたからこそ、不安には思いこそすれ、疑うことはなかったのですから・・・
翻って、安易に約束を反故にされる方がいます。「急に仕事が入って・・・」、「仕事上のトラブルが発生して・・・」、「体調を崩して・・・」
理由はさまざまでしょうが、大体そういう人はいつもそう。そして人に迷惑をかけていながら気付かない。「だって○○だったから仕方ないじゃん」
そして信用を失っていく・・・
逆の立場だったらどうでしょう?もしその人と会えるその日を心待ちにしていたとしたら・・・
もしその約束を実現するために、大変な苦労をしていたとしたら・・・(幹事の経験がある方ならわかりますよね?)
もし自分自身も予定があったのに、「先約優先」と他の依頼を断っていたとしたら・・・
もしその約束が果たせなかったら、誰かからの信頼を失ってしまうとしたら・・・(予約の取り辛いレストランやゴルフ場などや、無理を言って手に入れてもらったチケットなど)
相手の気持ちを、立場を、状況を、慮る心があれば、安易に約束を反故にできるはずはありません。
百歩譲って、どうしても都合のつかないこともあります。そのときでも、本当に申し訳ないと思う気持ちがあるか?「それだったら仕方がないね」と心から思ってもらえるだけの誠意を示したか?心待ちにしていた心を、負ってきた苦労を、他の依頼を断った心苦しさを、失った信頼を、補って余りある対応ができているのか?断るにしても、その心があるや、なしや・・・
もう一つの真理・・・それは・・・
約束を守れない人は、急に仕事が入る、トラブルが多発する、病気になる・・・。人に予定を振り回されている人、トラブルが多く発生する人、体調の優れない人、胸に手を当てて考えてみてください。ちゃんと約束を守れていますか?安易に、自分の都合で約束を破っていませんか?人に迷惑をかけていませんか?
商いの基本は信用です。信用の源は約束を守ること、うそをつかないことです。これが守れないようでは、千年どころか、明日も危ない・・・


No.033 普及

1000nen

2010/09/13 09:00:00

 
先週の土曜日、私たち千年経営研究会の初の総会&講演会がありました。初開催で至らぬ点も多かったかとは思いますが、お陰様で盛会の内に執り行うことができました。ご参加いただいた皆さんには心より御礼申し上げます。また、ご参加いただけなかった方々からも、多くの応援メッセージをいただきました。本当にありがとうございました。
さて、今回の会合開催に至るまでの活動の中で、ある気付きがありましたので、今回のコラムでご紹介したいと思います。
私もいろいろな会に参加させていただいておりますが、どの会にも「普及活動」なり「拡大活動」というものがあります(以下、普及)。「良いものだから広めるのは当然」との考えはわかるのですが、正直に言えば、余り好きな取り組みではありませんでした。なんだか、押し売りのような感じがしていたのです。また普及活動によって、今の人間関係が壊れはしないか、嫌われはしないかと、恐れる気持ちもあったように思います。
今回の会合に対しても私のお誘いの仕方は、出会った人にちょっと声を掛けてみる、それも「この人は来てくれそうかなぁ」と思う人だけに・・・要するに他会での普及に対する姿勢と変わらないものでした。しかし・・・
実は今回、開催まで後12日と迫った8月30日(月)の段階で、集客目標70名に対して申込数44名と、目標達成が危ぶまれるような状況でした。以前のコラムに「やればできる!」「打つ手無限大!」などと書いておきながら、当の本人が参加する会の会合が目標未達では話にならない!さすがの私の心にも火が付きました。
その事実がわかったその日から、メールアドレスがわかる方にはメールで、わからない方には郵送で積極的にお誘いすることにしました。
どの方にお送りしようかと過去の名刺リストの洗い出しを始めました。「この人は来てくれるだろうか?」「この人は誘っても無理だな」・・・最初の内はそんな気持ちでリストを眺めていたのですが、徐々に心持ちに変化が生じてきました。お一人お一人の顔を思い浮かべながら見ているうちに、「ああ、この人にはあの時本当にお世話になったなぁ」「そういえば以前約束していたことが守れてなかったなぁ」などと感謝の気持ちというか、申し訳ないと思う心というか、そんな感情が自然に浮かんできたのです。
そんな思いで送らせていただいたメールに、返信が届き始めます。最初は殆どがお断りのメールでした。それも「この人は来てくれるだろう」と思っていた方ばかり。出張やお仕事でどうしても都合が付かない・・・お詫びと、会の成功を祈念いただく心温まるメッセージをつけていただいたメールが届くたびに、正直かなり焦りました。
しかしその後、「参加します!」のメールも届き始めます。また、お送りしたお手紙への返信も・・・1通、2通と参加メールが届くたびに自然と緩む顔・・・本当に嬉しかったです!
でも、その参加メールを見ながら、あることに気付きました。送る前は、「この人はお忙しい方だから難しいだろうな」とか「こういうものには余り関心は持たれないんじゃないかな」とか「事業承継を終えられたばかりだから、必要ないと思われるのかな」と思っていた方から、参加の返事が届いていたのです。合計108名の方にご案内し、結果として14名のご参加をいただいたのですが、半数以上がそういうイメージを持って送らせていただいた方からでした。
これらのことから私は、いくつかのことを学びました。
1.普及とは、過去の出会いに感謝し、振り返る絶好の機会であること。2.普及とは、その人の手を引いて強引にお誘いすることではなく、こういうものが あるということの声掛けをすることであること。3.参加するかしないかは、その方の意思であり、それをお誘いする立場の者が判断し、 参加の機会を阻害してはいけないこと。要は、出会った人全てに声を掛けてあげる ことが大切であること。
さてさて、今回の普及活動の結果ですが・・・実に84名の方にお申込を頂戴致しました!そのうち私がお誘いしたのは14名。私の分を除いても、70名の目標を達成していたのです!!みんな、本当に良くがんばってくれました。改めて御礼を言います。ありがとう!


No.034 伝える

1000nen

2010/09/20 09:00:00

 
伝えるということは、本当に難しいものです。
「わかってくれただろう」「伝わっただろう」と思っていたのに、なかなか行動を起こしてくれず、「ちゃんときいていたのか!」と苛々した経験は、みなさんもお持ちのことと思います。かくいう私も、恥ずかしながら毎日のように感じています。なぜこういうことが起こってしまうのでしょうか?
「きく」にはいろいろな漢字が充てられます。「聞く」「聴く」「掬」「利く」「効く」などなど。同じ音を持つ「きく」にもいろんな意味があることに気付きます。
「聞く」:音・声を耳に受ける。耳に感じる。
「聴く」:注意して耳に留める。耳を傾ける。人の意見などを了承し、受け入れる。
「掬(する)」:両手で水などを掬い取る。気持ちを汲み取る。推し量って理解する。
「利く・効く」:効果や働きなどが現われる。期待通りの良い結果が実現する。効き目が
ある。本来の機能が十分に発揮する。機敏に、また盛んに活動する。
いくら伝えたつもりになっていても、果たして「きく」側がどの段階にいるか・・・ここが大切なところ。
「そうか、やっぱりあいつらはちゃんときいてなかったんだな!」と腹を立てたあなた、それはちょっと違います。そもそも「きちんと伝える」のは伝える側の責任の範疇。伝えたいこと、やってもらいたいことがあるのは伝える側で、きく側が欲していることではないからです。
それでは、伝える側の責任を果たすために、こちらの期待通り、意図する通りに実践してもらうためには、いったい何が必要なのでしょうか。それは伝える側のコミュニケーション能力です。要は、「伝わらない」「やってもらえない」のは伝える側のコミュニケーション能力が不足しているからなのです。
伝える側のコミュニケーション能力には、「きく」の意味同様、4段階あります。
伝達レベル:相手が聞いていようが聞いていまいが、とりあえず「言った」というレベル。理解レベル:自分が言っていることをわかってもらうことができるレベル。但し納得まで      には至らず、「そうはいっても」とか「私はそうは思わない」で終わってしまう。納得レベル:自分の言っていることに、「その通り」だと納得・共感してもらうことができ      るレベル。但し、この段階ではまだ行動を起こしてもらうまでには至らない。感動レベル:自分の伝えたいことに心から理解・納得し、喜んで行動を起こしてもらうこと      ができるレベル。伝える側の最高のコミュニケーション能力レベル。そしてこの「感じて動いてもらえる」という最高レベルに達するためには、
・ 伝えたいことが正しいことであることがわかってもらえているか?
・ 具体的行動レベルまで落とし込みができているか?
・ そのことに「私にもできる!」と思ってもらえているか?
・ それを「やりたい!」と思ってもらうことができているか?
といった検証を、常にしていかなければなりません。
「伝わらないのは何故なんだろう?」「どうしたら感動してくれるのだろう?」と日々自答し、トライし、修正し、繰り返しチャレンジしていく・・・そこにコミュニケーション能力向上の、唯一の道があります。
当代で伝わらないことが、次代に伝わっていくはずがない・・・
「伝わらない」のは、次代に「伝える」ための最良の試練と認識し、喜んで、楽しんで、どんどん工夫していきましょう!


No.035 伝わる

1000nen

2010/09/27 09:00:00

 
一昨日の土曜日、私どもの社員同士の結婚式があり、参列してきました。結婚式に出るたび幸せそうな二人を見るに付け、その幸せのお裾分けをしていただき、暖かい気持ちになって帰れる素晴らしい機会をいただいている、と感謝の気持ちで一杯になります。その中でも一番心洗われるのは、新婦から親族へのメッセージ。話し出したその瞬間からの涙声に、年を取ったことが理由ではなく、ついつい涙腺が緩んでしまいます。と同時に、その包み隠しのない、自分がしてきたことに対する心からの反省とお詫びの気持ち、そして何より、嘘偽りのない感謝の言葉の数々に、心洗われるものです。今回の結婚式で、改めてそのことを感じることができました。
翌日曜日、いつものように1週間分の新聞の整理をしておりましたら、以前切り抜いておいたコラムが目に留まりました。日経新聞夕刊の「プロムナード」で、結婚式の司会を数多くされている立川談四楼さんが書かれていたお話です。以下、抜粋致します。
「宴もたけなわとなり、一人の青年をスピーチにと紹介した。新郎と同じ施設に育った彼は、友人代表として登場したのだ。拍手は一段と大きかった。満面の笑顔でマイクの前に立ったのだが、彼はなぜか沈黙した。言うべきことを忘れたか、上っているのかと思ったが、そうではなかった。「お、お、おめ・・・」、かれはそう言うと、絶句したのだ。そして嗚咽だけが会場に響いた。かれは万感胸に迫り、おめでとうと言おうとして果たせなかったのだ。
立ち往生する彼をフォローすべくマイクを持ったが、新郎の行動の方が早かった。新郎は壇を降りると彼に握手を求めたのだ。やがて握手は強い抱擁となり、ただただ二人はお互いの背中をたたき合っていた。
当の二人はもちろん、会場の誰もが泣いていた。そして青年は割れるような拍手の中、自席に引き揚げた。負けたと思った。私はそれまで、よどみなく喋ることがプロだと思っていた。だからわずかに生じる間(ま)すら恐れ、それを冗舌で埋めてきた。しかるに一人の同世代の青年の前に敗れ去ったのだ。かれは一言も喋らずして、そこにいる全員を感動させたのだ。私が話芸というものを深く考えた最初だったかもしれない。」
前回のコラムでも「伝える」ことをテーマに取り上げました。多くの方からメッセージをいただきました。その中に次のようなコメントがありました。
「私は亀井さんのように話が上手くありません。とても感動させられるような話は出来ません。」
本当にそうなのでしょうか?話が上手いから感動し、下手だと感動しない、のでしょうか?私は違うと思います。話の上手い、下手ではなく、「伝えたいと思うその気持ち」が大切だと思うのです。
どう伝えるかではなく、まずはどこまで本気になって伝えようとしているのか、その心根が大切だと思います。


No.036 そうせい

1000nen

2010/10/04 09:00:00

 
先週の金曜日、旧知の仲であるハタコンサルタント株式会社(http://www.hata-web.com/)の降籏社長が主宰する「ひと倶楽部」という「素敵な人たちとの出会いの場(HPより)」の10月例会に参加してきました。
今月のゲストは、かの「変わった(ことをする)会社」の代名詞、未来工業株式会社の創業者山田昭男相談役。これで2回目の聴講でしたが、「若かりし頃のビートたけしの話し方にそっくり」と言われる(と言っているのは私の知り合いただ一人ですが・・・)辛口トークは、何度聴いても小気味が良く、ついつい引き込まれます。是非機会があれば皆さんも一度お聴きになってください。
さてその未来工業の変わり様とは・・・
・年間休日183日、残業なし・今年の社員旅行はエジプトで、クフ王のピラミッドを全社員775名で貸切(エジプト 政府もよく貸した!)。途中で出されるクイズに全問正解すると、漏れなく1年間の 有給休暇付与。総額1.5億円の旅行代は全て会社持ち。・改善提案は、封を切らずに500円。白紙でも500円!採用されれば最大3万円。 等々
確かに変わっている・・・しかし、これだけの費用を掛けても経常利益率20%を誇る未来工業。「日本には265万の法人企業があるが、その97%が課税所得4,000万円以下。情けない 会社が多過ぎる。そんな経営者は会社なんかやるな」
と手厳しい。但し、「成長過程なら許す」とのこと・・・
「全体の97%を占める、4,000万円の利益も上げられないような駄目な会社がやって いることはやらない」
という相談役。それが上記のような逆張り経営の真髄なのだとか。その中でも今回特筆だったのは「命令禁止!」何と、上司は部下に命令してはいけないのです。その上、「報・連・相」も禁止!「もし、したらどうされるのですか?」との問いに、間髪入れずに「クビ!」(「でも実際はできないけどね」とのこと。ただ降格はするのだとか・・・)
この話を聴いた参加者が異口同音に「言うほど易くない」「うちでは無理」「山田さんだからできること」と、ほぼお手上げ状態のこの施策の本質は何なのでしょうか?
その答えがたまたま翌日中日新聞に載っていました。童門冬二氏の「先人たちの名語録」で紹介されていた、幕末の長州藩主・毛利敬親(たかちか)候です。「そうせい」候と言われる彼は、家臣が持ってくる伺いには全て「そうせい(そうしろ)」。だから「そうせい」候。
当初、このリーダーシップには大いに問題があったとのこと。それはAさんの案と対立するBさんの案、いずれにも「そうせい(OK)」が出てしまうからです。当然、両者の間に争いが起き、収拾がつかなくなります。
しかし、そんな争いをしているうちに、「殿は決断力に乏しい」「全てに責任逃れをしている」といった失望や批判が、いつしか「殿は一切の責任を自分が負うから、思い通り仕事をせよ、といっているのではないか?という思いに至る。そうなると家臣たちは「そんな殿に苦労を掛けてはいけない」という“部下としての良識ある責務感”が湧いてきて「殿に具申に行く前に、立案者同士で案をすり合わせよう」という機運が生まれ、殿のところへいくときには、案は必ず一本化されていくようになったのだと言います。
禁門の変や長州征伐など、何度も存亡の危機に襲われた長州藩が、そのたびに上から下まで“一藩結束”の気概が高まっていったのは、「そうせい」候のなせた業、なのだとか・・・なるほど・・・そう思えば山田相談役は「今そうせい候」。得心しました。
あなたは、部下が持ち込む提案に、全て「そうせい」ということができますか?
私は「やってみても面白いのかな?」と思い始めています・・・かなりの覚悟は必要ですが・・・。 「無理だ」と思われた方、その理由を少し考えてみませんか?その理由を自責で捉えたとき、もしかすると目の前が開かれてくるかもしれません。


No.037 けじめ

1000nen

2010/10/11 09:00:00

 
先週の金曜日、千年経営研究会メンバーNさんの社長就任披露会が催され、お呼びいただいて喜んで参加させていただきました。お客様、金融機関様、社員さん、そして当会メンバーが招かれた会の中、Nさんのとても立派な挨拶で、「たすきがきっちり渡された」ことが内外に示されました。
「うちのような小さな会社で社長就任披露なんて・・・」
と言われる方が多いのですが、全くの誤りです。逆に、トップの声が直接末端までいきわたる中小企業においてこそ、必要です。披露会以外にも、社長室や専用車を明け渡す(部屋も車も別に用意する)意思決定権者が出た方が良い会やイベントはバトンタッチするなど、形から入ることは大変重要です。そうすることで、内外に後継がなされたことを示すことができるからです。
このところを疎かにする会社でよく見受けられるのは、
・ いつまで経っても社員は前社長にお伺いを立てる。・ 得意先や金融機関も、まず前社長に話を持っていく。
などといった弊害です。名刺だけ変えても、形が変わっていないと、周囲はそれを認識することができないのです。また、そういう前社長に限ってそれらの弊害を拒まない・・・
物事にはきちんとした“けじめ”が必要です。そしてその“けじめ”を大切にしてきたのが日本という国柄です。七五三、元服、結婚、襲名披露・・・人生の転換点では必ずイベントが行われ、内外のその事実をきちんと公開し、周知する。そうすることで周囲の意識が変化し、またその者を支えていこうという心が芽生えるのです。
また就任披露は、前社長が経営者としての責任を全うされたことの証しでもあります。
世に優秀な経営者と優秀そうに見える経営者がいらっしゃいます。自分の治世において業績を大いに伸ばされるのは、確かに素晴らしいことです。しかし、そうであったとしても事業承継がきちんとできなかった経営者は、やはり優秀とはいえません。逆に、それほど業績が伸ばせなかったとしても、きちんと事業承継することができた経営者は優秀です。企業はゴーイングコンサーン、続けることが大切なのです。潰すことなく襷を渡すことが出来る、これこそが本物の優秀な経営者なのです。もちろん、より素晴らしい会社に出来ればそれに越したことはありませんが・・・
譲る者は、引き継ぐ者がやりやすい環境を作るために、引き継ぐ者は、引き継ぐことができるものを残してくれた譲る者への感謝の気持ちを伝える場として、社長交代の際には是非就任披露会を執り行っていただきたいと思います。
「けじめを付ける」とても大切なことです。
Nさんの披露会は、新会長の息子を思う気持ちと、新社長の継ぐ覚悟が十二分に伝わった、本当に良い会でした。そしてNさんの「社員の幸せ」を約束した力強いご挨拶に感動しました。
Nさん、本当におめでとうございます。改めて心からお祝い申し上げます。


No.038 地・から

1000nen

2010/10/18 09:00:00

 
先週の金曜日、日本個性學研究所(http://www.koseigaku.co.jp)主催の研修を受講してきました。そこで個性學の開発者・石井憲正先生から次のような文章を紹介されました。
「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。これが恐らく、人民の本当の幸福の姿というものであろう。私は時として○○を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と黄金の時代をいずれの他の国におけるよりも、より多く○○において見いだす。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の○○の顕著な姿であるように思われる。」
さて、この文章の○○の部分に入る国名、どこか分かりますか?
そうです。我が国・日本です。
この文章が記載されている「日本滞在記」(坂田誠一氏訳、岩波文庫)の著者は、アメリカの駐日総領事としてわが国が列強諸国から迎え入れた初めての外交官タウンゼント・ハリスです
彼は敬虔なキリシタンで、野蛮国の日本をキリスト教によって文明国へ引き上げ、人々を幸福にしたいという宗教的使命感から日本領事の職を熱望したといいます。しかし、はからずもその野蛮国だと思い込んでいた日本に「地上の楽園」を目の当たりにしてしまい、キリスト教的価値観を大きく揺さぶられ、彼の本国から与えられた任務であった、日本にとって大変不平等な日米修好通常条約(1858年締結)を押し付けることにためらいを感じたのだそうです。
この文章を読ませていただいたとき、まず湧いた感情は「誇り」と「喜び」でした。この日本という地に生まれたことそのものへの誇り、そして喜び・・・
しかしその直ぐ後に生まれた感情がありました。それは「申し訳なさ」というか「情けなさ」というか・・・。先達が2600年の歳月を掛けて作り上げて下さった「地上の楽園」を、わずか65年で誇りなき国にしてしまった、その「不甲斐なさ」というか・・・ジェットコースターのように、急上昇・急降下、といった塩梅・・・でも・・・一方で、200年以上続く企業は3,000社以上という事実、1,400年以上続く企業(金剛組)さえあるというその事実を考えれば、まだまだ捨てたものではありません。
また私個人の中にも、そのDNAは確かに継承されているように思います。この文章に「誇り」と「喜び」を感じたその心が、まだ私の中に生きている・・・
私はこの文章を通じて、「我々経営に携わる者は、企業経営を通じて「地上の楽園」の本質を追求していく必要がある。そして千年経営研究会は、それを実現していける会にしていきたい。」そう強く心に刻みました。
現在の合計特殊出生率(一人の女性が一生に生む子供の平均数)は1.3台(平成21年度は1.37)。二人の夫婦から生まれる子供の数が1.3人ということですから、人口は確実に減っていきます。かのP・F・ドラッカー氏は、2080年の日本の人口を5,000~5,500万人と推定されています。現在の約4割の水準ですから、これは大変なことです。
しかし、ハリスが領事を務めた江戸末期の日本の人口は約3,300万人。5,000万人を超えたのは、明治45年です。要するに、「元に帰るだけ」です。
今一度「質素と黄金の時代」を取り戻していきましょう、私たちの力で!私たちができることを精一杯実践し続けることで・・・。日本の「地・から」「知・から」(=力)を信じて!
※「地・から」「知・から」の表現は、大和古流廿一世当主 友常貴仁氏著書『日本の「ち・から」』(三五館)からお借りしました。
友常先生はこちちらで紹介されています。→http://www.y-uruwashi-tokai.jp/


No.039 縁

1000nen

2010/10/25 09:00:00

 先週の金曜日、千年経営研究会の名古屋会がスタートしました。設立にあたっては中道新会長、近藤事務長には大変なご尽力いただきました。また他会のメンバーには、多くの方をお誘いいただき本当にありがとうございました。この場をお借りして心より御礼申し上げます。
さて、今回ご参加いただいた方々の顔ぶれを見て、本当に「縁とは奇なるもの」と感じました。
・10数年来のお付き合いでありながら、久しぶりに会話を交わす方  ・9月の総会で初めて当会の存在をお知りになって、早速ご参加いただいた方 ・独立される前にお勤めになっていた会社の、入社時は小学2年生だった15歳年下の  子息である当会会員の勧めでいらしていただいた方、そしてその娘婿さん
・1週間前に参加された別の研修で出会った当会会員に声を掛けられて来て下さった方・昨年私が講師を務める研修に参加され、その後いろいろとお知らせするも、なかなかご都合が合わずお会いできなかった方(いつもお断りのご連絡をいただき心苦しく思っていました・・・笑)
・以前は他会に参加されていたのが、このところは疎遠となっていた方
・毎月お会いしていたものの、こういう機会ではご縁がなかった方  などなど
出会い方も、出会ってからの期間も、実にさまざま。でありながら、わずか数時間の間に旧知の仲のようなお付き合いができる。本当に摩訶不思議な世界・・・
よく考えてみれば、生んでくださった親の縁、兄弟・親族の縁に始まって、友人・知人、先輩・後輩、先生、更には夫婦、子供に至るまで、「何故、この人?」と思うことしばしば・・・しかし・・・
「袖触れ合うも他生の縁」
そう考えればこの出会いは奇遇ではなく必然。出会って縁ができるのではなく、縁ある人と出会う、これが正しいのだろうと思います。
そして、何か意味があるから出会う。その意味とは何か?それを考え、明確にし、実践し続けることが、人としての成長に繋がっていくのだろうと思います。
ではそれぞれの縁に出会って、我々は何を学ぶのでしょうか?
私の目に映る“あなた”は、一体私に何を教えようとしてくれているのでしょうか?
その答えを導き出すためには、「自分の心に聴く」ことが大切だと思います。
人は何かに触れると感情が生まれます。好き・嫌い、嬉しい・腹が立つ、楽しい・苦しい、暖かい・冷たい、新しい・古い、きれい・汚い、良い・悪い、美しい・醜い、上手い・下手、簡単・難しい、多い・少ない、早い・遅い、優れる・劣る、賢い・愚か、鋭い・鈍い、澄む・濁る、尊い・卑しい、強い・弱い、遠い・近い、愛おしい・憎い、得意・苦手、強い・弱い、喜び・悲しみ・・・
これらの感情が湧き起こったことそのものを、まずは取り逃さないこと、それが「心に聴く」ということ。そしてその感情が何故生まれたのか?その原因を「人は我師」という観点で探る。
「人は人、自分は自分と、別々のいきものだと考えるところに人の世のいろいろの不幸がきざす。実は人はわが鏡である。自分の心を映す映像に過ぎぬ。(中略)親子、夫婦、交友、隣人、すべてがわが鏡であって、わが心のままに変わっていく。(中略)今日までは、相手の人を直そうとした。鏡に向かって、顔の墨をけすに、ガラスをふこうとしていたので、一こうにおちぬ。自分の顔をぬぐえばよい。人を改めさせよう変えようとする前に、まず自ら改め、自らが変わればよい。」(倫理研究所・万人幸福の栞より)
人は人を通じて自己革新し、成長していく。必要があって出会っているのだから・・・
「神が結んだものを、人は切ってはいけない」
これは先々週行われた社員の結婚式で、神父さんが口にされた言葉です。夫婦のみならず、いずれの縁にも必要な視点だと思います。
このご縁に感謝して、共に学んで行きましょう!
「人は我師」「縁は必然」なのだから・・・


No.040 ホスト

1000nen

2010/11/01 09:00:00

 
先週の土曜日、ある後継者の会に招かれて、「千年経営」に関する講演をしてきました。とにかくこのところ「千年経営」ラッシュで、先月後半の15日間に至っては依頼された講演14本の内なんと11本が「千年経営」に関わる内容でした。「今、本当に必要とされている内容なんだ!」と感じる半月間でした。
さて土曜日の講演ですが、実は2部構成になっていて、私は露払い。メイン講師は日本最大のホストクラブ「Prince Club Shion」を有するシオングループオーナーの井上敬一さんでした。「お客様の前にスタッフの心を掴め!絆型コミュニケーション」と題し、創業以来15年間、数多くのスタッフたちと、正にガチンコの関わりをしてこられたからこそ話せる、自然に心に届くお話をしていただきました。
少し井上さんのご紹介をしておきましょう。1975年生まれの35歳。立命館大学に入学した矢先、お母様が破産され、バラバラになる家族をつなぎとめようと、大学を中退してホストの世界へ。入店3ヶ月でNO1となり、以来60ヶ月に亘ってトップを張り続ける。その実力や、1日で1,600万円を売り上げた関西最高記録ホルダー。
独立後は、スタッフにサービスマンとしての基本的な人間性、接客マナーを持たせ、全人格的向上を図ることを意識して、ホストの名を捨てて「プリンス」と呼ぶようにするなど、常に革新的な取り組みをされています。また、短命であるホストという職業が、終身雇用で働ける環境作りを目指す井上さん。ホストの人間力向上と市民権獲得のため、日夜スタッフと体当たりで接する井上さんだからこそ話せるその内容に私を含め聴講者は2時間半の間、井上さんの話に釘付けとなりました。
「僕より見た目カッコいい奴はいっぱいいます。その中でトップを張り続けるためには、また一日に1,600万円売り上げるためには、自分ひとりの力では出来ないんです。スタッフの協力なくしては・・・」
そう切り出した井上さん。言われてみれば当たり前ながら、「俺が、俺が」の世界だと思っていただけに、非常に新鮮なものを感じました。そして
「人間関係が満たされないと、人は動いてくれないんです」
「何を言うかではなく、誰が言うかで人の動きは変わります」
と、この15年間、スタッフと接する際に意識してきたことを披露。それは
「言葉のキャッチボールではなく、心のキャッチボールをしないと駄目なんです」
「コミュニケーションとは、人を認めること。
人の言葉の裏にある本当の心、気持ちを受け止めること。 
「気持ちを共有して欲しい」という人の気持ちを満たすこと」
と語り、それを実現するために実践されていることごとは、聞けば「当たり前」なんだけれども、それを実践し続けるのは実に大変だろうなぁ、と感じることばかり。それを、実に「当たり前」に実践されていることに感銘させられました。
 「知っている人から、出来る人、やっている人になってください」
との言葉は、やっている者だけが発することが出来るオーラを伴って、私たちの心にぐさりと刺さります。
 「私が一番コミュニケーションで悩んでいます。これからも悩み続けると思います。」
と、現状に驕ることなく革新し続けなければならないことをちゃんとわかっている井上さん。「スタッフのモチベーションを下げているのは上司なんですから」の言葉が痛い。
 「スタッフはファミリーです」
この言葉は、老舗企業のそれと相通じるもの。それを言葉だけではなく、真に実践し続けている井上さん。
ホストとは「お客様を招く側の主人」のこと。目的は「お客様を最高に満足していただくこと」。その最高の実現のために、日夜スタッフと心と心で結び合おうとしている井上さんの姿勢に、真のホスト(主人)=経営者の姿を見たような気がしました。
井上さん、ありがとうございました。

※具体的な内容は、各会にご参加された方だけにお話します。是非、各会にお越し下さい。
 各会の開催要項などなどはコチラ
  http://1000nen.info


No.041 リズム

1000nen

2010/11/08 09:00:00

 
私は今、致知出版社から「一日一言」というメルマガを毎日配信していただいています。(詳しくはコチラから→http://www.chichi.co.jp/)11月4日に配信いただいた“今日の言葉”、かなりインパクトがあり私にとって忘れない一言になりそうです。水中写真家中村征夫氏のその一言とは・・・ 「リズムを崩したものは即、餌になる」どうでしょう、自然界の摂理をズバッと表現しているように感じませんか?これはまさに「企業も然り!」です。企業もリズムを崩すと疫病神、貧乏神、死神の餌食になってしまいます。
ここで言うリズムを崩すとは・・・
生物の世界で言えば、体調を崩すということなのでしょうか?この語感を企業に当てはめると、業績を崩す、ということになりそうですが、私はそれに留まらないと思います。
企業におけるリズムを崩すとは、「大事なこと」を疎かにすることなのだと思います。自然の節理に則さないことをする、といっても良いかもしれません。やるべきことをやらないから業績が悪化するのですから・・・
私は商売人の家に生まれ、経営コンサルタント会社である名南経営に入社して多くの成功経営者にお会いし、人それぞれの天分経営があると説く日本個性學研究所の石井憲正先生と出会い、かつて日本が大切にしてきたことごとを千年以上も守り抜いている大和古流家の廿一世・友常貴仁当主に教えを受け、倫理経営の必要性を倫理法人会に学ぶ私は、その「大事なこと」を次の七つにまとめています(この内容は、私の更なる人間的成長によって進化・発展することがあります。ご承知置き下さい)。
一、嘘をつかない、裏切らない、約束を破らない、卑怯なことをしない
一、驕らない(実るほど頭を垂れる稲穂かな)
一、一手の手加減もしない、全身全霊をもって挑むべし(安易な道を選ばない)
一、後始末を疎かにしない
一、朝起きをする(朝を制する者は一生を制す)
一、家庭を大切にする
一、即断・即決・即行・即止(停滞は最大の敗因の一つにつき嫌うべし)
如何でしょうか?「なんだ、当たり前じゃないか」と思われたかもしれません。でも知っていても、わかっていても仕方がありません。できていなければ意味がないのです。
特に今のような厳しい経営環境では、大事だとは分かっていても、ついつい
 ・多少の嘘でもつかないと、卑怯なことでもしないと、真っ正直なことばかりやって   いては損をする。
 ・俺だって忙しいんだ、突発的なことだってある。そんな前の約束なんて、守れなく   なることだってあるんだ。
 ・こんな時代に利益を出してるんだ。少しくらい贅沢(楽)したっていいだろう。
 ・一生懸命やってるんだ。これ以上何をしろというんだ。 ・この仕事、成功したら凄いことになりそうだけど、失敗したらくたびれ儲けだ。   とりあえずこっちをやっておこう。
 ・将来的にはなくなる仕事かもしれないけど、今は儲かってるんだ。とりあえず今は   このままでいよう。
 ・今日は疲れた。どうせまた明日も同じ仕事をやるんだから、そのままにして帰ろう。
 ・昨日は遅くまでがんばったんだ。今日くらいはゆっくり寝てよう。
 ・俺は外で忙しいんだ。うちに帰ったときくらい、気を使いたくない。  ・「やろうかな?でも失敗したらどうしよう・・・でもやんなきゃいけないんだよなぁ~でも大変だし・・・でも・・・」
となってしまう・・・
如何でしょうか?当てはまっていることはありませんか?当てはまっていたとすれば、当たり前な「大事なこと」ができていないということ。これこそが「リズムを崩した」状態。
「リズムが崩れた」のではなく「リズムを崩した」・・・ここが大事・・・
どうぞ疫病神、貧乏神、死神に取り付かれないように・・・リズムを崩されないよう、お祈り申し上げます。


No.042 縦に繋げる

1000nen

2010/11/15 09:00:00

 
先週の水曜日、私が講師を務める岡崎商工会議所様主催「ひとづくり塾」に、カンブリア宮殿にも出演された葬儀会館「ティア」の冨安社長を特別講師としてお招きしご講演いただきました。
テーマは『尽生観経営』
「経営は人に尽くすために生きるということが根幹にないといけない」
お婆様やご両親に物心つく頃から「自立しなさい」、「人のために生きなさい」と言われ続けてきた冨安社長の人生の信念とも言えるこのテーマ。心の叫びと言っても過言ではない大変パワフルなトークに、参加者は「感動した」「涙が出た」などと心奪われ、あっという間の1時間となりました。
「よく、ヒト・モノ・カネ・情報が経営資源と言われるが、ヒトは資源ではなく、会社 そのもの」
「21世紀はサービス競争の時代。心からお客様を思い、接することができるかが生き残り 成長していく条件」
「安いだけで継続してやっていくことができるなら幼稚園児でも経営できる。経営者は 智慧を絞るのが仕事」
などといった話から始まった講演。その中でも特に協調されていたのは、
「根幹はリピーターつくり」ということ。「えっ、お葬式でリピーター?」・・・ その真意は?
おじいちゃんの葬儀に参列したおばあちゃんが、「わしのときにも頼むでな」と言っていただける、それが子の代、孫の代まで繋がっていく、これこそが究極のリピーターなのだと・・・
このお話をお聴きして直ぐに思い出したのは、以前、このコラムでもご紹介した「京都中小企業CSR研究会」の久乗さんがお話になった『京都の老舗の経営学~100年、200年と続く老舗の商いの極意』というセミナーでの内容。
「京都の老舗は縦に売上を拡大していく。今のお客様を大事にすることによって、子々孫々に繋ぎ広げる」
冨安社長のお考えは、まさに老舗企業の行っている経営そのものだと感じました。
千年続く経営にとって、最も大切な考え方の一つだと思います。


No.043 子育て

1000nen

2010/11/22 09:00:00

 
先週の日曜日、日本三大稲荷の一つ笠間稲荷(茨城県)で執り行われた大和古流第27回奉納祭に参列してきました。お花、お茶、お香、大和歌、書から、弓、剣術まで、文武十数種に亘る奉納行事。今年の奉納祭は例年にも増して緊張感に溢れ、半ば強引にでももっと多くの方をお連れすれば良かったと心底後悔するほど、素晴らしい内容でした。来年は是非皆さんとご一緒したいと思います。
実際に目にした内容を文字で表すことはとてもできませんが、儀式が終わった後、当年とって27歳の次期当主のお言葉が、私の心に深く刻まれましたのでご紹介したいと思います。
七五三、菊祭で賑わう笠間稲荷。その参詣者数は一日に何千人にも及ぶとのこと。その中で執り行われる儀式のクライマックスは弓矢。
境内の端から端まで射られるその力強い弓を見て、聴衆全てが嘆息し、絶賛の拍手を惜しみません。その中で白虎・青龍・朱雀・玄武の四神を当主とそのお子達三兄弟で役割分担する“四神の矢”のトリを飾った次期当主。
「前の三騎が大成功を収めた後、こんなに多くの人前で射っても緊張しないものですか?」との問いに、
「本当に緊張するのは師匠の前です。」「私の師匠は父。だから四六時中緊張の中で生きています。」
「その緊張感と比べれば、皆さんの前で射ることはそれほどでもないんです。」
加えて、大変素晴らしかった今年の出来栄えに対するご自身の感想をお聴きしたところ
「100%出し切った80点と、80%しか出せなかった80点では意味が違います。」
「100%出し切った80点は、後で反省はしますが、後悔は、ない。」
「しかし80%しか出せなかったら、その時点で後悔しか、ない。」
「今回の奉納では100%出し切ることができました。そのことに満足しています。」
更に、ちょっとしたトラブルが発生したものを見事にクリアされた当主の奉納を見て、「私たちはあらゆる状況、不測の事態を想定して鍛錬しています。」「しかし百の状況を想定しても、実際には百一個目の問題が起こるもの。」
「でも百の鍛錬をしているから、百一個目の問題にも対処することができるのです。」
ムムム・・・絶句・・・自分が二十七の時にこんな話ができただろうか・・・どうしたらこんな子を育てることが出来るのか?
それは多分、当主自らやるべきことを行い、範を示し、言い訳できない姿を見せ続けてこられたからではないかと思います。
もちろん当主ご自身そのものも尊敬しているのですが、こういうお子達を育てられたことに改めて尊敬の念を重ねると共に、「子育てかくあるべき」を目の当たりにすることができた一日でした。
そして自らの子育てのありようをきちんと振り返らなければならないと、大いに反省した一日でもありました。
追伸
次期当主に、千年経営研究会での講演をお願いしてきました。近々、企画してみたいと思っています。どうぞお楽しみに!


No.044 忌中

1000nen

2010/11/29 09:00:00

 
先週の金曜日、13年前からお付き合いをいただいている会社の会長様のご葬儀に参列して来ました。享年95歳。終戦間もなく裸一貫で創業され、激動の時代を駆け抜けて来られた、まさに戦後日本を象徴するような存在の方でありました。
9年前に担当変更となって以来、一度体調を崩された折に病院にお尋ねした限りで、ここ数年はお会いできずにおりました。「いつかは、いつかは」と思っていた矢先のご逝去に、「覆水盆に帰らず」の意味を、今更ながら噛み締めているところです。
葬儀委員長である三代目社長様から「最後の最後まで仕事の話でした」とのお話をお聴きした時、お元気だった頃の会長を「そういう人だったなぁ」と感慨深く思い出すと共に、まさに仕事に惚れ抜いた男の生き様を見たように感じました。
思い起こせば、当社の創業者・佐藤澄男も同じように臨終の床の中でさえ仕事の話ばかりをしておりました。それほど惚れることができる何物かを持てたこの人たちは本当に幸せだと思うと共に、私もかくありたいと強く念願するところです。
「でも、心配ばかりしておられたんですよ」と、葬儀後に幹部社員の方からお伺いしましたが、心配は愛の証し。深く心配できるほど惚れ込んでいる証拠。それほど惚れることがなかなかできない・・・
そういえば佐藤の奥様はいつも「仕事に、会社に嫉妬しています」と言っておられた・・・
幸いこの会社では四代目、五代目まで見通せる状態でありましたから、事業承継については安心して旅立たれたのではないかと推察致します。上手くやっていけるかどうかの心配はいつまで経っても尽きないのでしょうが・・・
さて、このところ余り見なくなってしまいましたが、以前はお葬式に伺うと必ず門前に「忌中」の文字が目に入ったものでした。
「忌中」・・・忌まわしい中・・・何か余り良い印象はありませんね。
しかし、ある方がこの言葉の意味を、次のように解説して下さいました。
 「この方の死を通じて、己の心の中を見よ!」
 「やり残していることはないか?   今の今、やらねばならぬことを置き去りにしていないか?  今の生き様で、本当に良いか? 仕事に惚れ抜いているといえるか?」 「忌中とは、己の心の中を見よ!と問われているのだ」 「死んだら終わり。今の今、なすべきことをせよ!」  と・・・
人はその死に様で全てが決まるといわれます。多くの経営者の死を見詰めてきた私は、本当にその通りだと感じています。良い生き様をしてきた人は、良い死に様になる。
 「己の心の中を見よ!」
常に心に置いておきたい言葉の一つです。
まず私は、お会いしたいと思う人とはちゃんと会っておこうと決めました。


No.045 周年

1000nen

2010/12/06 09:00:00

 
先週の木曜日、当会メンバーI君の創業3周年祝賀会に参加してきました。わずか3年のキャリアながら30名を超える参加者が招かれたその会は、彼を支えようと本気で思って下さっている方々の心温まる言葉に満たされ、大変素晴らしい会となりました。
実はこの会、先々月にもらった「11月で丸3年になるんですよ」との報告に、私が「周年記念は何するの?」と尋ねたところ、「何も考えていません。まだ3年しか経ってないし」とお気軽な答えが返ってきたので雷を落とし、急遽実施が決まったものでした。
「周年行事は誰のためにやるのか?」
私たちはこの意味を良く考えなければなりません。
「うちのような小さな会社が」とか「まだそんなに成果を上げていないし」とか「業績がちょっと芳しくなくって」などを理由に、「何もしない」という結論を導く方がいらっしゃいますが、大間違いです。また、「周年行事って、体の良い営業活動でしょ?」と本末転倒な勘違いをされている方さえいます。いつからこんな考えが当たり前のようになってしまったのでしょうか。寂しい限りです。
創業後、生き残れるのは・・・
  1年後 60%
  3年後 40%
  5年後 15%
  10年後  5%
  30年後  2%
 100年後 0.03%
といわれています。3年で100件の内60件が、5年で85件が、10年で95件がなくなってしまうのです。生き残ること自体どれだけ大変なことか・・・
その稀有な「存続」をあなた一人の力で実現できると思いますか?こうして今日という日を無事迎えることができているのは、あなたとあなたの会社を支えて下さった、お客様のお陰、仕入先様のお陰、協力会社様のお陰、地域の方々のお陰、そしてなにより家族や社員さんたちのお陰ではないのですか?その「おかげさま」を形で示す、それが周年行事の本来的な意味です。どうかこのことを忘れないで下さい。
そしてその価値は、祝賀会終了後のI君の
「皆さんに支えられて今日があることが本当に良くわかりました。」
「そしてこの御恩を仕事でお返しする覚悟がより一層高まりました。」
「本当にやって良かったです!5周年に向けてより一層がんばります!!」
との言葉が、全てを語っているように思います。
 ここまでお話しても「形だけやってもねぇ~」などと、結局やらない方がいます。やってもいない人にやる価値がわかるはずもありませんから、もうこれは救いようがありません。
 豪華絢爛である必要はありません。お金を掛ける必要もありません。質素でも構わない。手作りでも構わない。「おかげさま」の心を形で表す、そのこと自体が大切なのです。
 今回の会は、I君の感謝の気持ちがひしひしと伝わる、周年行事の本来の目的をきちんと果たされたとても素晴らしい会でした。また、奥様や社員の方と初めてお会いして、更に「I君を支えていこう!」という気持ちが高まりました。
周年行事の見本を見させてもらいました。I君、ありがとう!また5周年にお呼びいただけることを楽しみにしています!!


No.046 やるべきこと

1000nen

2010/12/13 09:00:00

 
先週、ある業界の総会に招かれ、1時間ほどお話をしてきました。「この国を覆う閉塞感以上に厳しい経営環境の業界だから」といつにも増して気合を入れてお邪魔したのですが、残念ながらその気合は講演開始後数分ですっかり萎んでしまいました。
私の第一声が終わるか終わらないかの内に居眠りを始める人(私の声で居眠りできること自体は凄いことだと思いますが)、講演中ずっとおしゃべりする人、席を立つ人、携帯をいじくる人・・・まるで崩壊した学校のような有様が目の前で展開されました。数名の、私の話に食い入るようにお聴きいただいた方がいらっしゃらなければ世界中の不幸を一身に背負ったような気分を味わったに違いありません。崩壊学級の先生方の悲しみが、少しだけ分かったような気がします。 講演会の後、大変盛り上がった懇親会の席上、主催者からの「すみませんでした。皆さん、この懇親会がお目当てで・・・」の一言に、大いに納得できた一方で、「これでやっていけているのだから、まだまだ日本は危機的状況とはいえないな」と、妙な安心感を持ってしまいました。
昨日(12月12日)の日経新聞の特集「ニッポンこの20年~長期停滞から何を学ぶか」に、韓国企業に負け続ける日本企業の理由が、次のように解説されていました。
「徹底した顧客志向、現地の事情に合わせたきめ細かいマーケティング。これこそが日本企業の得意技で、世界の市場から欧米製品を駆逐した。だが今や“世界一”のブランド力を誇る日本企業は泥臭い努力をしなくなり、韓国企業にお株を奪われた。」「韓国が強くなったというよりも、我々がやるべきことをちゃんとやらなくなっているのだ」
核心を衝いていると思います。 このところの講演会では、次のようなお話をよくします。
「日本には3,113社の創業200年を超える企業があります。第二位のドイツが約1,500社、第三位がフランスの約300社と言われていますから、正に日本は老舗大国です。」
「この200年という数字は只者ではありません。この間には、天保の大飢饉、戊辰戦争、そして太平洋戦争などがあり、経営云々どころの話ではなく、飯が食えるか食えないか、という状況を掻い潜らなければ実現できない年数です。」
「我々の祖先・先達は、その中でもきちんと舵取りし、存続してこられました。リーマンショックなんて、それに比べれば蚊に刺されたようなもの。必ず存続・発展の道はあります。やれば出来ます。あらゆる方法を考え、実践して、存続・発展していきましょう!」
旨いもん食べて、酒飲んで、経営に全く関係ないバカ話で盛り上がっていられる内に、親・先祖が残してくれた余禄で食えている内に、やるべきことをきちんとやっていきましょう!千年経営の実現を目指して!それが親・先祖へのご恩返しなのだから・・・
追記前述の特集で、元日本サムスン社長・鄭埈明氏が気になるコメントをされておりましたので、付記しておきます。「日本人は無口になった。バブル以降、きちんとあいさつする人が減った。個人主義的になってきたということだろうか。それで仕事に必要な情報をうまく交換できるのだろうか。」
あいさつもできない人間が、商いなど出来ない。この不況をどう乗り越えるかを考える前に、人としてのあるべき姿、原点を見詰めなおすべきときが来ているように感じます。


No.047 うつす

1000nen

2010/12/20 09:00:00

先週ある経営者セミナーで、「人材育成の要諦~新入社員から幹部社員まで~」という演題でお話をしてきました。皆さん大変ご熱心にお聴きいただき、講演後は多くのご質問をいただきました。
その中の一つに、次のようなものがありました。
「お話をお聴きして、社員育成に情熱を持って取り組む覚悟が持てました。ただ、余り熱くなり過ぎるとパワハラと言われるんじゃないか、言われた側が精神的な病になってしまいはしないかと心配になります。そうならないためには、どうしたらよいでしょうか?」
この質問をお聴きになった多くの人がうなずかれたのを見ても、まさに今の時代を反映したものだと感じました。
私の回答は、次のようなものでした。
「どんなに厳しく接したとしても仕事にやりがいを感じ、楽しく面白く、常に達成感を感じながら仕事をしている人で、欝になったり、パワハラを訴えたりする人はいません。まずは、それを感じてもらえる努力をし続けることが大切です。」
「でも、最初からやりがいのある仕事、楽しく面白い仕事、達成が保証されている仕事なんてありません。やりがいを持って仕事をする、自らの創意工夫で楽しく面白く仕事をする、達成させようとして仕事をするしかないのです。」
「こんな逸話があります。ある旅人が旅の途中で、石を削っている人に出会いました。旅人が、あなたは何をしているのですかと尋ねると、ある人は「私は今日のお手当てを貰うために石を削っております」と答えました。ある人は「この国一番の石職人になるために」、ある人は「この国一番の城を作ってこの国の人たちに誇りを持ってもらうために」と答えました。同じ仕事をしているのに、こんなに捉え方が違っています。」
「如何ですか?皆さんの会社の社員さんは飯を食わんがために働いているのか、立派な職人になるために仕事をしているのか、人のため社会のために仕事をしているのか・・・」
「それでは、人のため社会のために仕事をする社員さんをどう育成するのか?もちろん、話しで、言葉で伝えていくことも大事です。ただ、子は親の言う通りにはなりません。親の通りにしかならないのです。社員さんも一緒です。」
「何より大切なのは、あなたの仕事好きを伝染させることです。」
11月1日号でご紹介した日本最大のホストクラブ「Prince Club Shion」を有するシオングループオーナーの井上敬一さんも、「何を言うかではなく、誰が言うかが大切」と仰っています。
「道を楽しむ者は、困難に遭遇するも挫折せず、敢然として道に進む」(澁澤榮一氏)
まず自らが「道を楽しむ」。それを社員さんに伝染させる。人材育成のためにも、好ましい企業文化を醸成するためにも、とても大切なことだと思います。


No.048 変われる

1000nen

2010/12/27 09:00:00

 が講師を務める研修で出会ったTさんを、当会にお誘いしました。順次登場する既存会員と名刺交換をしていただいていたところ、Tさんが「あっ!」と小さな叫び声。以前からの顔見知りで、ここ数年会っていなかったというO君が目の前に・・・
でも、何かが違う。「ぱっと見では、全く分からなかった」ほど変わっていた彼。
振り向き口にされた次の言葉が鮮烈でした。
「先生、人間ってこんなに変われるものなんですか?」
変われるんです!
元来、人間には『新陳代謝』というものがあります。人間は約60兆個の細胞でできているといわれますが、この体内の古い細胞が新しいものに入れ替わっていく活動が新陳代謝です。この周期は部位によって異なり、口腔で1日、胃腸で3~5日、心臓22日、肌28日、筋肉や肝臓は2ヶ月、骨3ヶ月などといわれています。そして1日に5,000~7,000億個の細胞が絶えず新陳代謝を繰り返していると。この周期の考えで単純計算すれば、人間の体は3~4ヶ月で全く新しく生まれ変わるということになります。
心身一如、体が変われるのなら心も変われる。
人間は一瞬にして変われます。ただ「一瞬に」となると、多くの場合、外部から来る激烈なる環境の変化が必要なようです。何故ならばそういうものがなければそこに「でも○○だから」という「変わらない言い訳」が成立してしまうからです。ここできちんと認識しておかなければならないのは「変わ“れ”ない」のではなく「変わ“ら”ない」というところ。要するに「自らの意思で積極的に変わらないことを選択している」ということ。
しかし、一瞬とはいかなくても3~4ヶ月あれば変われる。O君ができたように・・・
彼は当初、当会に足を運ぶことを拒んでいました。ちょっと顔を出しては、逃げるように帰っていく。2ヶ月続いたそんな姿勢も、3ヶ月目に覚悟を決めて、初めから参加してくれました。
「ここに来ちゃったら、自分自身を変えなくっちゃいけない」多分、そんな未開の地に踏み出す恐怖心のようなものが、無意識に彼を当会から遠ざけていたのだと思います。しかし一方で「変わりたい!」という魂の叫びもあった。心の葛藤の末、後者が勝った。そういうことだと思うのです。
それからの彼は、毎月毎月、自らの課題をクリアしていきました。
 社長(父親)との派無し
 チャラ男君ばりの髪の毛と装飾品の放棄
 親のすねで買った高級車の売却
 社員さんに対する姿勢の変革
 一日一本となったタバコ(一本残しているところに積極的な意思を感じますね)
そして知人から「人間って、こんなに変われるものなのですか?」と言われるほどに・・・
これほどに変わることができたO君はやはり凄いと思います。そこには属人的能力もさることながら、変われる者が共通して持つ要因があります。それは・・・
①「今のままではいけない」「変わろう」という明確な意思
②「こうしなさい」と言われたことをそのまま実践する素直さ
特に②は大事です。自分の中に正しい答えがないから変われない。自分の中に答えがなければ教えを請うしかない。しかしそれを実践しないと、その正しさはわからない。結局、素直に実践できるかできないかが、変われるか変われないかの大きな分岐点なのです。
そして、それに加えて
③実践したこと(できなかったこと)を報告し、更なるアドバイスをもらえる場
④自分と同じように変わろうと努力している仲間
があれば鬼に金棒!どうぞ皆さんも、これら要因を我がものとしていただき、O君の如く、自ら「なりたい自分」に変わっていただきたいと思います。


No.049 コラム千年 2011年スタート

1000nen

2011/01/09 14:43:00

 2011年からのコラムはこのBLOGで毎週月曜日に掲載いたします。よろしくお願いします。右側には行事日程が掲載されます。2010年のコラムはこちらからご覧になれます。パソコン版http://1000nen.info/column.htm携帯版http://1000nen.info/i (携帯の方はこちらをクリック)


No.050 重み

1000nen

2011/01/10 09:00:00

 
先週の金曜日、愛知県倫理法人会の新春互礼会にて、アサヒビール名誉顧問・中條高徳さんのお話を聴かせていただきました。中條さんといえばベストセラー「おじいちゃん、戦争のことを教えて」でも有名ですが、何より売上シェア10%未満の「へなちょこ・アサヒビール(中條さんの表現)」をシェアNO1企業に育て上げた立役者です。
 
戦前75%のシェアを誇った大日本麦酒。しかし戦後、マッカーサーの占領政策によって分割させられ、36%となった当時のシェアをその後ジリジリと落とし、ついには10%を切るまでになってしまっていたアサヒビール。その復活劇には、一体どんな秘策があったのでしょうか?
 
教えていただいた、復活への条件とは、以下のようなものでした。
 
1.暗い社長は駄目。明るくなき者はリーダーを去れ。ピンチをチャンスに置き換えられる『明るさ』。そして『勢い』が勢いを呼ぶ。大きな声が勢いの第一歩。
2.士官は実戦に入ったら味方からも撃たれる存在と知る。力で指揮してはならない。富士山のように憧れられ、見惚れられること。そのためには見られていないところでの『慎み』が大切。でも接すれば死に至らしめるほどの『厳しさ』も必要。
3.『夢』と『理念』で『ベクトル合わせ』。その夢の大きさで、汲めども汲めどもコンコンと湧いてくる智慧を引き出せ。
4.不作為の(何もなさざる)罪が最大の罪。やって失敗したら「次の手を教えていただいた」と認識する。慎重に過ぎて、崩してしまうようなことにしてはならない。ある意味「ふてくされ的開き直り」も必要。社長は『決断』するために存在する。
5.買う側のレベルの方が高いと思わないと駄目。「相手を立てれば蔵が建つ」。あなたの方程式にお客様を当てはめる「独りよがり(プロダクトアウト)」ではなく、『マーケットイン』発想が大事。
6.小才は、縁に出合って縁に気づかず。中才は、縁に気づいて縁を生かさず。大才は、袖すり合った縁をも生かす。
7.成功はあなたの努力の結果だが、それだけではないことに気付く『感謝の気持ち』。そして、あなたの今の成功が、明日に繋がる保障はない。逆に変化の時代は誰でも勝てる時代。常に『変化』し続けること。
 
皆さん、この条件をご覧になって、どのようにお感じになられたでしょうか?「やはり、実績あるものの言葉は違うなぁ~」とお感じになった方も多いのではないでしょうか。成果が出ているのだから、その内容は真実そのもの。やり切った方のお話だからこそ、その言葉に重みがある。そういうことだと思います。
 
一方で、「そのくらい分かってる」「そんなことは知っている」と感じる心もあるのでは?
 
そうのたまう前に、「できているか」「成果を出せているか」と自らに問い、経験ある人、実績のある人の言葉に素直に耳を傾け、教えを乞い、実直に、言い訳をせず、徹底的に実践することが大切です。
 
中條さんほど立派な結果ではないかもしれないけれども、あなたのすぐ目の前には、確実に“今”を創り上げ、存続させ続けている、素直に耳を傾けるべき、教えを乞うべき、実績ある人がいるはずです。これまで自分が取ってきた態度・姿勢を反省し、成果を出すための新たな正しい行動を取っていきましょう。
 
成果を上げるために・・・


No.051 元気の元

1000nen

2011/01/17 09:00:00

 
このテーマは本日の「今日の学び(※)」でも取り上げましたが、大事なことだと思いますので、もう少し詳しくお伝えしたいと思います。
 
このところ、元気な会社の社長様とお話しする機会が増えてきました。その方々とお話をしていると、これも以前「今日の学び」で取り上げたのですが、「運が良い人」が多い。ここでいう「運が良い人」とは・・・振り返っておきましょう。
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「今日の学び」2010年12月11日「運」
成功している人ほど「運が良かっただけ」とおっしゃる。そうでない人ほど「俺は運が悪い」という。何が違うのだろう?
「運が良かった」という人は、90の努力はしたけれども10足りなかった。それでも上手くいった。だから「運が良い」。傍から見れば「凄くがんばっている!」
「運が悪かった」という人は、10しか努力してないのに、「10もやったのに」という。傍から見れば「もうちょっとがんばれば?」運が味方してくれるまでやり切りましょう!
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大事なのは「凄くがんばっている!」その内容です。もちろん、その中身は各社各様ですが、いくつかの共通点があります。その中の一つが
 
 「小額のお客様を大切にしていらっしゃる」
 
ということ。小額だからと言って馬鹿にせず、嫌々でなく、本当に喜んで、楽しんで、心から感謝してお付き合いなさっている。
 
小額だから儲けは少ない。でもまたそこがミソで、どうやったらそこから少しでも儲けを出すか(場合によっては赤字を少なくするか)を、本当に喜んで、楽しんで、心から感謝して取り組んでいらっしゃる。
 
「だから日々自己革新ができる。経営体質が強化されていく。」
 
実はこの姿勢、老舗企業に共通するものです。
 
誰しも大口のお客様とのお付き合いができれば嬉しい。でもそのお客様とのお付き合いがなくなってしまったら大きな傷を残すことになる。
 
一方小額のお客様は、よほどのこと(お客様の信頼を裏切ったことによる社会的制裁など)がない限り、一度になくなることはない。だから安定的な経営ができる。
 
老舗企業はそのことを良く知っているから、もちろん大口のお客様も大切になさいますが、小額のお客様ももっと大事になさる。
 
また、小額のお客様の先に大口のお客様が控えていらっしゃることもある。身なりの余りよろしくない方が、実は大変な方だったり・・・
 
目先の欲得にくらまされて、その先にあるものを逃がす、その愚かさを知っているのが老舗ということもできると思います。
 
目の前のことを大事にする。小さなことを大事にする。千年企業に必要な要素だと思います。今からでも遅くはありません・・・
 
 
※「今日の学び」とは
私が毎日気付いたことを皆さんのメールアドレスにお送りしています。
ご希望の場合は、下記ホームページに入っていただき、左下の「らくらく連絡網」にご登録下さい。
http://1000nen.info/
尚、ご登録に関しては、必ず本名をフルネームで、また「お知らせメール」は「配信しない」にしてください。


No.052 腹心

1000nen

2011/01/24 09:00:00

 
いきなりですが、次のような意味を持つ童謡があるのですが、何だか
わかりますか?
 
「どんどんと人をすっ転ばしながら、ごますり役人のお茶壷行列がやって
きたら、扉をぴしゃりと閉めて決して外に出ては駄目だよ。そいつらが通り
抜けたら安心してどんどこ大騒ぎしても良いからね。まったくお役人って
奴は、ねずみのように俺達が汗水流して作り上げた米を取り上げといて、
いい気なもんさ。チュウチュウ鳴いてみなってんだ。いいかい、たとえお父
さんやお母さんが呼んでも外へ出るんじゃないよ。おいおい、井戸の周りで
あわてて茶碗を割ったのは誰だい?」
 
如何でしたか?途中から「何となくわかった」方も多いのでは?そうです。
「ずいずいずっころばし/ゴマみそずい/茶壺に追われてトッピンシャン/
抜けたぁ~らドンドコショ/俵のネズミが米食ってチュウ/チュウチュウ
チュウ/おっとさんが呼んでもおっかさんが呼んでも行きっこなあぁ~
しぃ~よっ/井戸のまわりでお茶わん欠いたのだぁ~あれ」です。
 
実際には諸説ありますが、私はこの訳が一番分かりやすかったのでご紹介
しました。江戸時代は家光が治世のこと、宇治で採れた新茶一年分を茶壷に
納めて江戸の将軍様に献上するお茶壷行列があったそうな。それは大名行列
より権威ある行列だったらしく、上にはへつらい下には大きな顔をする
この一行は、かなり横柄で嫌われていたとのこと。役人をねずみに喩える
ところに、相当な悪感情を感じますね。
 
さて今日のコラムは、もちろん童謡の解説ではありません。この茶壷道中に
関わるある人物のご紹介を通じて、「腹心」というものを考えていこうと
思います。
 
大久保彦左衛門という名前はお聴きになったことはありますか。
本名・大久保忠教(ただたか)、通称「天下のご意見番」といわれている人です。
私よりも年上の方ですと、西郷輝彦扮する一心太助と一緒に悪の成敗をしていた
森繁久弥が演じるおじいちゃん、といえばわかるでしょうか。また「三河物語」
の作者としてご存知の方もいるかもしれませんね。
 
実はかの彦左衛門、語り継がれているようなヒーロー的存在ではなかったよう
です(詳しくはコチラ→http://www.town.kota.lg.jp/index.cfm/1,2635,14,32,html)。
でもそんなことはどうでも良いです。私の中の大久保彦左衛門は、頑固一徹の
カッコいいおじいちゃんですから・・・
 
その彦左、茶壷道中が通っても堂々としていた。怒った役人が「控えおろぉ-、
将軍様の大事なお茶つぼであるぞ!」と怒鳴った。それに対して、「お前らこそ
控えおろぉ-、わしは将軍様の大事な家臣なるぞ!(実際に旗本だった)」と切り
返す。痛快ですね!
 
この例話の如く、徳川家康から家光まで三代仕えた彦左は、例え将軍様相手で
あっても意見したという人物。これぞまさに“腹心”といえるのではないでしょ
うか?(くどいようですが、例えそれが作られた人物像であったとしても、私の彦左に対する尊敬の念をこれっぽっちも阻害するものではありません)
 
さてさて、みなさんの周りにおられる方の中には、彦左のような方はいらっしゃい
ますか?耳の痛いこともズケズケと言ってくれる、駄目なものは駄目とぴしゃりと
釘を刺してくれる、自らの愚かな行為を、身を挺して諌めてくれる、そういう“腹心”を・・・
 
私はこれまで衰退していく会社を何社も見てきました。中には潰れてしまった会社も
あります。そこにはいくつかの共通点がありますが、その中に、
「都合の良くない話に耳を塞ぐ」
「心地良いことをいう者を傍に置き、辛辣な(本質的な)意見を言う者を遠ざける」
というものがあります。そうこうしている内に衰退、ついには倒産してしまうのです。
 
私達は、次のことを強く、深く、心しておかなければなりません。
 
・耳の痛いことを言ってくれるのが“腹心
・耳の痛いことをシャットアウトするのは“執事”ないしは“太鼓持ち”
 
先の経営者が求めているのは“執事”(ご主人様の心を痛めたくないと心から思って
シャットアウトするのが“執事”。保身のため、または自分の覚えをめでたくするため
ならば“太鼓持ち”。端から“太鼓持ち”を求める人などいないが、実際は99%は
“太鼓持ち”)です。私生活であれば、“執事”のような存在は非常にありがたいですね。しかし企業経営となれば、それは命取りとなります。諫言を厭わない、真の“腹心”
を徹底して求めなければなりません。
 
ちなみに、中小企業において最大の“腹心”は、先代です。
 
今、人の上に立つ者としてあなたが必要としているのは“執事”ですか?それとも
“腹心”ですか?
 


No.053 ご当主からの学び その一

1000nen

2011/01/31 09:00:00

 
早速ですが、来る3月6日(日)、私ども「千年経営研究会」主催の「講演会&
体験発表会」を開催する運びとなりました。
(詳しくはコチラ → http://1000nen.info/)
 
そして講演会では、私の「千年経営」の精神的バックボーンであり、千年続く
経営の要諦を時々にご教授いただいている、大和古流廿一世・友常貴仁当主を
お迎えすることができました。誠にありがたいことです。
 
そこで、開催日までの4週間は、友常当主のお言葉をこのコラム「千年(ちとせ)」にてご紹介させていただければと思います。私が何故、友常当主に教えを乞うのか、その理由を少しでも感じていただければと思います。
 
今回は、友常当主の処女作「大和的-未知の力をそなえる約束」(三五館・
一九九五年二月四日初版)の序文をご紹介致します。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
私の運命は、昭和四十九年六月五日に決定されました。否応なしに、大和古流
歴代二十一世を継承することになったのです。先代(父)の突然の死去は、
大学生活を謳歌していた私を、歴史の渦の中へ巻き込んでいったのです。(中略)
 
私、変わり者の後継者だったので、わが家系を鵜呑みにしませんでした。まるで
歴史学者にでもなったように調べ上げたこともありました。そして、先代である
父と夜を徹して論議したこともあります。
 
「ここまで古いと、信じるしかないんだ」
 
先代の答えはこれです。そして、まだ当主継承前の私に三種類の家系図を示して
先代の考えを述べられたのです。次の朝、先代は交通事故でこの世の人ではなく
なりました。掟を破って私に見せた三種類の家系図。当時は、掟を破る者の運命を強く感じたものです。
 
聖徳太子以来の精神を大事にし続けた家伝―――痛いほどこの身にたたき込まれ
ました。まことに想像を絶する一子相伝(一人だけにすべてを伝える)の世界です。
 
人間には、平等に二十四時間という一日の時間が与えられています。この私にも
当然、二十四時間しか与えられていないのです。一日が二十四時間では、歴代を
超えることはもちろん、追いつくことすら大変なことです。当家の家伝には、
そのような多くの日本文化が、行(ぎょう/理論・理屈ではなく、行うことが
できなくては、なんの意味もないという世界)として詰まっています。
 
私は、先代存命中は、何事も我慢して定めのとおりに稽古をするばかりで、日本
文化のことなど真剣に考えようなどは、さらさら思わなかったのです。聖徳太子
の話を聴いても、現代の教育を受けていた私には、平安末期から鎌倉初期にかけ
て起こった聖徳太子信仰の産物であろう、ぐらいにしか思っていませんでした。
ところが先代が事故で急逝され、そのときの自動車に私も当然乗っていたはずが
先代がなんの理由もなく私を残していかれた事実を深く心に問い、以後二十年
当主として先代のやり残してきたことを見極め歩んできました。そして今、当家
に家伝として伝わる聖徳太子の物語、また南北朝時代の数々の話などなど、鵜呑
み以上に信じているのです。(中略)
 
当家が守り続けた一子相伝という掟も、本当に特殊な世界です。技の継承は一日
でならず、一生でもなりません。先代と当代と次代という、三代なくしては継承
できない運命なのです。継承の縦の流れの姿が、その時代時代、当主の姿に出て
いるのです。この姿を一見すれば、その家の系はすぐにわかるというほど厳しい
世界です。それに、家運は時代により浮き沈みのあるものです。よくぞこの永い
年月、守り抜けたものだと感心するのです。
 
先々代も、先代も、口々に「日本文化は、日本人の共通の財産であり、この永年
の濁らぬ叡知を消してはならぬ。公開あるのみ」と、言い続けていました。
 
 しかし、実現はしませんでした。みな公開を決意しそして昇天していきました。
 
 私は、実現しましょう、強い意志を持って。
 
 永い歴史の中で守り抜いてきた家伝に秘められた日本文化が語る世界を、自分の
姿で、自分の言葉で、伝えていくことを定めとされた当主という立場で、私は生き
ていかねばなりません。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
如何ですか。どうぞこの思いを、直接当主自らの言葉でお聴きいただければと思います。
 
尚当日は、会員による「体験発表会」もございます。私はこの発表を凄く楽しみ
にしています。この会で会員が何を学び、何を実践し、何を感得してきたのか、
生の声でお聴きいただければと思います。是非お越し下さい。お待ちしております。


No.054 ご当主からの学び その二

1000nen

2011/02/07 09:00:00

 
先週に引き続き、来る3月6日(日)、私ども「千年経営研究会」主催の
「講演会&体験発表会(詳しくはコチラ → http://1000nen.info/)」にて
ご講演をいただく、大和古流廿一世・友常貴仁当主のお言葉をご紹介させ
ていただきます。
 
友常当主は、私の「千年経営」の精神的バックボーンであり、千年続く
経営の要諦を時々にご教授いただいている師であります。このコラムを
通じて、私が何故、友常当主に教えを乞うのか、その理由を少しでも感じ
ていただければと思います。
 
今回は、「日本の「ち・から」-史上最強の日本人達が指南する「智・血・
地から」の歴史」(三五館・二〇〇三年年十一月十九日初版)の序文をご紹介
致します。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 日本神話の里・出雲の国、今の島根県に、松平不昧公(名は治郷・はるさと、
不昧は号。1751~1818)という人物がいた。松江藩第七代藩主である。
 不昧公は文化に造詣が深く、剣術・弓術・茶の湯・香道・和歌・俳句・・・と、
ありとあらゆる日本の傳え事(つたえごと)を若い頃から学び、身につけていた。
しかし家臣たちは、茶の湯の道具の名品を数々買い集めた不昧公に、いくら殿様
だからといって、趣味にあんなにも大金を使うなんて・・・と陰口をたたいていた。
 
 ある年、大変な飢饉が襲った。その時、不昧公は、買い集めた名品の数々を惜し
げもなく一気に売り払い、領民の救済にあてたのである。
 家臣たちはみな、いまさらながらに、殿様の先見の明に感心したのであった。
(中略)
 
 名君と言われる人々の先見性は凡人の推し量れるところではない。
 何事も起こらぬうちにしっかりと、まさかのときのために、人間如何に生きる
べきか、如何にあるべきかということを腹にすえ、鍛えている。
 この先見性という『智』によって、まさかの時、多くの人々が救われるのである。
 
 千年以上も前、日本列島(やまとのしまじま)は、大陸との外交交渉に弱腰でも
なく、猛々しくもなく、判断を過たず自立した国づくりに夢をかけた人物がいた。
その名は、聖徳太子である。現代を見ているとまるで、千年以上も前の日本の状況
と同じではないか。当時の中国・隋が、アメリカとなっただけである。私たちは、
もっと現状を見極める目を持ち、過去を学び、未来を切り開く『力』を持たねば
ならない。
 
 四十数億年の地球の歴史の流れを、一年のカレンダーとしてみれば、人類の誕生
とその歴史は、十二月三十一日大晦日の23時59分以降の出来事である。あまり
にも短い。なのに人類は、文明の名の下、地球の自然環境を破壊しつつある。地球
滅亡へのタイムカウントが始まってしまっているのである。
 誰がこうした人間の業を解決するのであろうか。私は、世界中の人々が競うべき
テーマこそ『地』であると考えている。
 
 日本列島に生き抜いてきた「やまと人」の伝え続けてきた事々に、人、如何に
生きるべきかの秘伝が込められているのを私は承知している。(中略)
 
 いま、こう実感する。歴史は過去ではなく未来である、と。
 
 私は先代の大和古流廿世より「歴史なんて学んで何になる。知っただけで何に
なる。知識で終わらせるようでは何の価値もない。知識を得るだけに時間を費やす
のは、人生の無駄である。過去を学んで、今の今、何ができるか、何をなせるか。
それが大切なのだ」と言い聞かされてきた。そして、「しっかり、これだけは学んで
おけ」と書付を渡された。
 そこには先代の文字で書き表された歴史上の人物が脈々と生きていた。一般に
語られている歴史とは異なる内容であったが、当家に過去の集積として語り継が
れた事々が、文字となり『血』となって甦っているのである。

 
 
如何ですか。どうぞこの歴史の意味を、直接当主自らの言葉でお聴きいただければ
と思います。
 
尚当日は、会員による「体験発表会」もございます。私はこの発表を凄く楽しみに
しています。この会で会員が何を学び、何を実践し、何を感得してきたのか、生の
声でお聴きいただければと思います。是非お越し下さい。お待ちしております。


No.055 ご当主からの学び その三

1000nen

2011/02/14 09:00:00

 
いよいよ、私ども「千年経営研究会」主催の「講演会&体験発表会(詳しくは
コチラ → http://1000nen.info/)」の開催まで、後20日になりました。
早速お申込いただいた方、ありがとうございました。まだの方は、是非これを
機会にお申込下さい。お待ちしております(お申込はホームページから)。
 
さて今回も、私の「千年経営」の精神的バックボーンであり、千年続く経営の
要諦を時々にご教授いただいている師であり、当日ご講演をいただく大和古流
廿一世・友常貴仁当主のお言葉をご紹介させていただきます。
 
このコラムを通じて、私が何故、友常当主に教えを乞うのか、その理由を少し
でも感じていただければと思っています。
 
今回は、「もう朝だぞ!」(三五館・一九九八年三月二日初版)の序文をご紹介
致します。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 朝を制する者は一日を制する。
 一日を制する者は一年を制する。
 一年を制する者は一生を制する。
 己の一生を制することができた者は幸福である。
 
 子どもの頃から耳にたこができるほど聞かされてきた家訓です。この世に幸福に
なりたくない人などいるはずもありません。当家の家訓では、この「幸福」という
得体の知れない代物を手中に収めるには、「朝を制せよ」と言っています。(中略)
 
 当家は代々、二一代にわたり数百年もの間、日本文化を背負い継承している家
ですが、歴代の当主で寝坊者は一人もいませんでした。家訓どおり、朝を制して
いたのです。百戦百勝の兵法(橘流)を胸に、実戦の場を勝ち抜いてきました。
 
 勝負の世界というものは、不訶思議な世界で、実力だけで勝負が決まるもの
ではありません。負けるは必然、勝つは偶然というのが、勝ち負けの世界に生き
た歴代方の実感であったようです。
 
 負ける時というのは、後でよく考えてみれば“なるほど、このようなことでは
勝てるわけがなかったわい”と自分の心の内で納得できる答えが見つかるものです。
“なんで負けたんだろう、勝てるはずだったのに・・・、くやしい”と、ただ
ただくやしがっているだけの人には、何度同じことを勝負してみても勝ち神さま
が味方してくれるはずがありません。負ける時は、必ず負ける理由が明らかに
見えてくるのが、真の勝負師なのです。そして、勝った時、自らこの勝ちという
世界を考えてみますと、究極の必然的な勝つ理由が見つからないものです。
どう考えてみても運がよかったのだと思うしかないような事態が心に浮かぶのみ
です。勝つは偶然、納得できてしまいます。
 
 「百里を行かんと欲する者は、九十九里をもって半ばとせよ」
と申します。
 
 もう一歩で、もう少しでという時に運を逃している方は、ここのところを
心得ておく必要があります。もう一歩、あと少しという気持ちにすきが生まれる
のです。そこに負け神が忍び込みやすいのです。
 
 勝負の世界の恐ろしさを身を持って知ってきた歴代の守った家訓、<幸福、幸運
を手に入れたくば、朝を制せよ>を守り続ける私です。
 
一日は、二四時間、どんな悪人にもどんな善人でも平等に与えられた同じ時間です。
このだれにでも平等に与えられた二四時間という一日の使い方にこそ、人生の勝ち
負けの原理が秘められています。
 
 負けるは必然、勤勉な者が成功し、怠け者が不幸になるのは当然です。(中略)
 
勤勉な者、真面目な者が怠け者や不真面目な者に勝る当然の社会がすぐそこにあり
ます。(中略)
じっくりと構えれば、勝つべき者が勝つ、これが、百戦百勝の兵法の掟です。
 
 朝を制するとは、朝という日の出づる一日の始まりの勢いをこの身に修める
ことです。勢いなくして物事を制するなどということはできません。
 
 朝を制し、この宇宙全体に満ち満ちている勢いを我がものとして自らの人生を
幸福にしていこうではありませんか。幸福は、朝を制した結果として自ずから
やってきます。
 
 さあ、日の出の勢いで、幸福を手に入れる旅に出発です。早起きの達人である
当主がご案内しましょう。朝を制する旅、寝坊などしてはいられません。
 
 もう朝だぞ!しっかり目を覚ませ。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


No.056 ご当主からの学び その四

1000nen

2011/02/21 09:00:00

 
2週間後に迫ってきました3月6日(日)、いよいよ私ども「千年経営研究会」
主催の「講演会&体験発表会(詳しくはコチラ → http://1000nen.info/)」が
開催されます!
 
今回講師をお願いしているのは、大和古流廿一世・友常貴仁ご当主。これまで
三週に亘ってこのコラムでその著書をご紹介してきましたが、如何でしたでしょ
うか?
 
実はこれまで人を介して講師のお願いをしていましたが、先日正式にお伺いし、
直接お願いをして参りました。その際、話が大変盛り上がり、5時間近く語り
合わせていただき、実に有意義な時間を過ごさせていただくと共に、今回の
講演に、改めて大きな期待を膨らませて帰って来ました。どうぞご期待下さい!
 
さて今回は、当主のお言葉の最終回として「上下のしきたり」(三五館・二千八年
十二月三日初版)の序文をご紹介致します。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 
 松に古今の色なし(松無古今色)
 
という言葉がある。これは、茶室の床の間を飾る禅語として有名である。
 
 松は、古い葉・若い葉(古今)がありそれぞれ交替する。しかし、春夏秋冬、
幾星霜を経ても常に青々として色が変わることはない。
 
 そこから「一色平等」であることを教えている。
 
 つまり、「松に古今の色なし」とは上に立つ者も下の者も、年齢や経歴の違いは
あっても、その役割や命においてはみな平等であり、そこに差別はないという
意味である。
 
 だがこれで、みな平等だと喜んで、上も下もないと早合点するのはまだ早い。
 
 禅語は、これで終わっていない。
 
 対句があるのである。
 
 竹に上下の節あり(竹有上下節)
 
 竹には、上下のけじめ、上下の区別がある、というのである。
 
 竹は根っこから先端まで一本の繊維でつながっているが、節目を境にしてそれ
ぞれに空間がある。上からの圧迫に屈せず、下からの影響も受けない、それは
独立した空間でもある。
 
 竹の節は、下になっている地面に近い方が「上」なのである。生えているときは、
上にある「下」を支える「上」。この「上」の見えない力に、降り積もる雪の
重さにも耐えて折れないしなやかな竹の秘密がある。
 
 水は、根から吸い上げられていく。したがって竹を活かすために竹の水を抜く
とき、竹を逆さにしないと、うまく抜けない。下を上にしないと水は抜けないので
ある。上下が語順どおり整ってはじめて、竹は使いものになる。組織のあり方も
そうなっている。
 
 次に、上下の関係についてである。
 
 それは、「区別」であるが、「優劣」ではない。この禅語はここのところをしっかり、
人々に伝えている。
 
 組織においても、「区別」であって、「優劣」はない。「上」は優秀でなければいけ
ない。だからといって、「下」が劣等であるというのではない。「下」には「上」を
支えるという役割がある。「上」に支えてもらって育ってきた竹が使いものになるとき、
今度は「下」が「上」を支える底力を発揮しなければ道理に外れる。
 
 「下」は、しっかり「上」から自社の精神とスキルを学ばなければならない。
自分を磨き、己の見識を養い、相手を思いやるという心根を育てることである。
それがあなたの役目なのだ。
 
 いい上司、先輩から積極的に学ぶ意志を有したとき、あなたに好機がおとずれる。
 
 これが「松と竹」の教えである。
 


No.057 ご当主からの学び その五

1000nen

2011/02/28 09:00:00

 
先週、「これが最終回」とお伝えしましたが、3月6日の「講演会&体験
発表会(詳しくはコチラ → http://1000nen.info/)」にお招きする大和
古流廿一世・友常貴仁ご当主に失礼のないよう、今一度その著書に目を
通していましたら、これはどうしてもお伝えしておいた方が良いと感じる
ものがありました。当日までちょうど一週間となりましたので、本当に
これで最後としてご紹介させていただくことにします。中小企業経営に
欠かせない視点だと思います。
 
「「一」の秘法-大逆転の発想」(三五館・二〇〇一年一月一日初版)から
「第一章 奨利の秘法 不利を勝利する法」をご紹介致します。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――

 
不利は、絶対に、有利にすることはできない。不利・有利は、戦いの前の
数の問題だからである。当家は歴史上、幾多の実戦を経験してきた。その
うえ、必ず、不利な側であった。そして、勝ち残ってきた。百戦百勝の家で
ある。
 
数で量で不利と判断できている戦いは、短期決戦(長期戦はしてはならないの
ではなく、できない)となる。
 
即断・即決・即行でなくてはならない。その場その場の判断が要求され、決断を
しなくてはならない。判断は今までの経験、知識を駆使して頭で行う。決断は
その情報をもって直感で右か左か決定する。判断は頭で行われ、決断は全霊に
よって行われるのである。そして、決断したことをその身をもって実行するの
である。
 
不利な者にとって、すべてが短期決戦の連続である。停滞は敗因となる。そして
あくまでも、戦いは因果で結果を生じているのではないということを知らねばなら
ない。(中略)
 
すべて戦は、果果の果である。結果、結果、結果の非連続の連続である。一度一度
の戦いは人間、一対一の真剣勝負の場であり、勝ち抜き戦である。十対一の戦い
でも一回一回しっかりと十回勝ち抜けばよいのである。全体ばかり見て、十倍の
相手と戦うことを恐れるから戦う前から負けなのである。やらねばならない戦なら
相手が百倍であろうと千倍であろうと損得抜きで戦い切るのが、やまとのつわものの生き様であった。(中略)

 
不利は決して有利にはならない。だが、不利は勝利する。
 
多数決は正しくない。この世は二対一にバランスするものである。
 
当家に一つの教えがある。いかなる場合も、三分の一の人たちが「なるほど、
よくわかった」と言える論を立てよ、行動せよ、とたたき込まれてきた。
見た目の数量だけで勝敗は決まらない。意志をもった三分の一の数で戦える
のである。多数派には必ず烏合の衆が数に入る。損得で勝利を予測して、
あっちにつきこっちにつきと右往左往する者たちのことである。(中略)
 
生き残り、存続するには骨がなくてはならない。崇高な未来の展望のもと、
今何をすべきか、しなくてはならないのか、即断・即決・即行、勢いをもって
進む。未来への展望が崇高であればあるほど、上等な人が集まる。これが昔
から言われるところの「大義名分」である。「大義名分」は無駄ではないので
ある。
 
「大義名分」とはその行動の理由づけとなるはっきりとした根拠である。当家
ではこの「大義名分」が崇高でなくてはならないとする。集まる人が上等でなく
ては、
未来を開く立派な戦いとはならないからである。
 
「みんな集まれ。これだけ儲かるぞ」では、ろくな人間は集まりはしない。
未来への理想は空想であってはならない。実現できる展望を持たなければなら
ないのである。この崇高な理想に向かって不退転に戦い抜くとき、不利は、必ず
勝利する。
 
 
それでは3月6日、安保ホールにてお待ちしております!お気をつけてお越し下さい。


No.058 素直

1000nen

2011/03/07 08:56:00

 
昨日、私達「千年経営研究会」の講演会&体験発表会を開催することが出来ました。多くの方にご参加いただき、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。
 
今回は、私が師と仰ぐ大和古流廿一世ご当主・友常貴仁先生に講演をお願いし、「事業承継は三代ワンセットで考える」ことを主題として、1時間15分、みっちりとお話いただきました。
 
今回の講演に際してご当主には前日に名古屋入りしていただき、実に5時間以上に亘り、事前の打合せをさせていただきました。実は今、ご当主と共に「事業承継の極意十七か条」なるものを作らせていただいております。その打合せと共に、今回の講演でお話いただきたい内容をお伝えしていたのです。
 
そもそも私達「千年経営研究会」は、
 
『現に発生している事業承継上の問題を顕かにし、日本の故事来歴を紐解くと共に、現代における成功事例に照らすことで解決の方向性と具体策を詳らかにし、即断即決即行で実験し、現代における事業承継の原理原則を追求します。
そしてこの趣旨に賛同する者が集い、議論し、我が身を持って実践し、永続的に叡智を蓄積し続けます。』
 
ことを目的とし、
 
一.自らの体験に基づく悩み、相談を、憚ることなく吐露します。
一.悩みや相談内容について、会員同士忌憚ない意見を戦わせ、オープンマインドと傾聴の姿勢で臨みます。
一.決めた実践事項は徹底的に実践し、成果を出します。
一.一度出された成果は徹底して挙げ続けます。
一.本音を語ることができ、裏切ることのない、共に高めあえる朋を創ります。
 
という使命を持って活動しております。
 
私にとって目的の中にある「日本の故事来歴を紐解く」とは、まさに「友常先生から素直に学ぼう」という姿勢を意味しており、「現代における成功事例」をいろいろ見させていただいてきた私の経験を合体させながら、その取り組みを通じてまとめられたノウハウに対し、会員が「議論し、我が身を持って実践し、永続的に叡智を蓄積し続け」ていくことが、この会の元々の主旨なのです。
 
当会が立ち上がったのは一昨年の12月、開設から実に1年三ヶ月を経て、やっと本来のあるべき姿に立ち返った、といえるのかもしれません。
 
打ち合わせと講演を通じて、本当に多くのことを学ばせていただきましたが、今回の一番の学びは
 
「とにかく言われたことは、一度素直にやってみる」
 
ことの大切さです。
 
これまで、いろいろと教えていただいておりましたが、
 
「それは現実的にはちょっと難しい」
「ご当主はそう仰るけど、今の時代にはそぐわない」
 
などといろいろ理屈を付け、結局は「やらない」という安易な、楽な選択をしてきた自分を恥じたのです。
 
私にはわずか45年の経験しかありません。それも自分の経験の中での学びしかありません。ご当主には千年以上の経験に基づく、七十二代に亘る歴代の学びを全て受け継がれた、私が未体験の経験に基づくノウハウがあります。いくら考えたって分かるはずがありません。
 
素直にやってみて、はじめて
 
「ああ、そういうことだったのか」
 
と気付く。ご当主とお付き合いをさせていただいた約7年。改めて振り返れば、そういう体験の連続であったことに、改めて気付いたのです。
 
いくら考えたって、わからないものはわからない。先生は、これまでの経験に基づいてお話になっている。疑うも何もない。自分がそうは思わなくとも、師と仰ぐ方が「こうしてみろ」といわれたら、一度素直にやってみる。やってみて、その上で駄目ならやめれば良い。でもやってみたら大体、駄目だったためしがない。
 
逆に考えれば、「やらない」選択をした「あのこと」は、素直にやっていたらどうなっていたのだろうか?
 
「素直にやってみる」大切なことだと思います。


No.059 イズム

1000nen

2011/03/14 09:00:00

 
先週の水曜日、来年3月卒業予定者を対象とした採用説明会を実施しました。これで今年3回目、合計で約200名の方にご参加いただき、無事全日程を終了することが出来ました。
 
参加してくれた学生さんはみんな真剣な面持ちで、その眼差しに心洗われる思いがしました。毎年、採用活動をするたびに「初心」の大切さを思い起こされます。
 
唯一つ悲しいことが・・・
 
世の中は「就職超氷河期」といわれ、厚生労働省から発表された今年3月卒業予定者の内定率(2010年12月末現在)は過去最低の68.8%とのことですが、10%を上回る「無断欠席」という現実を目の当たりにすると、その数字が虚しく感じます。
 
ぼやきはこれくらいにして、今回の説明会では、私が名南コンサルティングネットワーク全体の説明をし、2名の役員がそれぞれの担当部署の仕事の使命や内容、そして求める人材像などを説明、その後、3名の若手社員を交えての質疑応答、という形式を取りました。
 
今回の取り組みを通して、甚だ手前味噌ですが、「うちは本当に創業者イズムが浸透しているなぁ」とつくづく感じました。質疑応答では、どんな質問が投掛けられるかわかりません。事前打ち合わせしようがなく、それこそ臨機応変に対応していかなければならない。しかし、どのような質問に対しても、また誰が答えても、創業者・佐藤澄男が口にしていた言葉が出てくる。それも、入社3年目、即ち佐藤亡き後に入社した社員さえも・・・
 
「自利利他」「プラス発想」「素直さ」「勉強好き」「学びて知らざるを知る」「プロ意識」などなど。私達にとっては余りにも当たり前過ぎて、思わず聞き逃しそうになったのですが、入社間もない社員が、当たり前のように答えているその姿を気付き、少しの驚きと、大きな喜びが湧き上がってきました。
 
よく「当社には理念がない」とぼやく後継者や経営幹部の方がいらっしゃいますが、大きな勘違いです。「理念がない」のではなく、「明文化されているものがない」だけ。“理念”はちゃんとあります。歴代・先代、そして現社長が口を酸っぱくして言っている言葉、くどいくらい繰り返し話されている内容、まさにそれらが理念そのものです。
 
そもそも日本は口伝の世界。弟子は師匠の一挙手一動足から全てを学ぶ。口にされることを一言一句、漏らさず身に修める。
 
今一度、過去を振り返り、また今後の先代や社長の言動に素直に耳を傾けてみてください。そこにはちゃんと“イズム”があります。
 
それが理解できたとき、あるべき方向へと好ましい革新が始まります。


No.060 卒業

1000nen

2011/03/21 09:00:00

 
先週の金曜日、下の娘が卒業式から帰って来て一言
「お父さん、6年間、ありがとうございました。」
とご挨拶。思ってもみなかったことを突然言われた驚きと、12年間の歳月が一瞬によみがえって・・・嫁にやるときはとんでもないことになる!と、確信しました(苦笑)。
 
また先々週の土曜日は、当社が主催する経営者・後継者・経営幹部の方々を対象とした「経営者大學」の修了式がありました。当日は、1年間の学習の集大成として中期経営計画を策定し、それを発表していただくのですが、それぞれに1年を振り返り、さまざまな思い出が去来したのでしょう、無事卒業を迎えた8名のうち半数の方は溢れる涙をこらえきれず・・・それだけ真剣に臨まれたのだと、その思いに私も・・・
 
いずれにしろ「卒業式」というものは、その在籍期間の思い出が凝縮された瞬間であり、いつでも感動的なものです。
 
今回は「卒業」について少し考えて見たいと思います。
 
「卒業」というものは本来、人様に決められるゴール。年次も、基準も、可不可も、何一つ自分で決めることができません。逆に嫌だと言っても、強制的にさせられてしまう(希に、退学という形の強制もありますが)。
 
また、「経営者大學」のようなケースは特殊(事実、「卒業」とは言わず「修了」という)で、通常は十代ないしは二十代でその機会はなくなります。最終学歴と言われる学校を卒業してしまえば、人様からゴールが決められる機会は「定年」までないのです。オーナー経営者に至っては、その「定年」さえない・・・
 
よって「最後の卒業」の後は、自らゴールを決め、そのゴールを自ら守ることしかできません。このところが実に難しい・・・
 
約束事の中で最も難しいのは、実は自分との約束。「人との約束は守らなければならない」これは当たり前に思えるのですが、自分との約束となると、いろんな「できない理由」をつけては、ついつい破ってしまう。
 
しかし人間的成長を続けている人を眺めてみると、自分との約束をきちんと守っている人であるように思います。自ら夢を掲げ、その夢に期限を定めて目標とし、その夢の「卒業(達成)年次」をきちんと守る。
 
 
「いつまでにこの仕事をやりきる」「それまでにどのレベルまでになる」などど自らに約束した卒業式でのあるべき姿を実現するための精一杯の努力と時間を惜しまない。そういう人であるように思うのです。
 
そしてそのような卒業式の数が多ければ多いほど、その人は器のでかい人ということが出来るのだと思います。
 
それほど大袈裟なことではないにしろ、まずは自分との小さな約束事一つひとつをきちんと守っていきたいものです。


No.061 顔晴る

1000nen

2011/03/28 08:16:00

 
コラム「顔晴る」
 
今朝目覚めたら、一通のメールが入っていました。私にとって大変嬉しい内容であり、また学びの多いものだと感じましたのでご紹介致したいと思います。
 
以下、お名前だけ伏せて、それ以外は原文のまま。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
亀井先生、お世話になっております。
突然ですが先日、亀井先生のお顔と「顔晴る」の言葉が浮かぶ出来事がありました。
 
東日本大震災の翌日から私は渡米しておりました(ちなみに今はマレーシアのクアラルンプールにいます)。旅程の折り返しとしてニューヨークの展示会に立ち寄った時のことです。
 
ある取引先との面会を終えて、競合他社のブースをふらふらと見回っていたときに、ふいに「Keep smiling,○○(名前)!(キープ・スマイリング・○○!)」と声をかけられました。
 
アメリカの大口の取引先の会社の社長でした。目があっただけで、話しこむことはありませんでしたが、すれ違い際の彼の表情が目に焼きつきました。さわやかな笑顔の中に、深みのある鋭い眼がありました。彼に導いて頂いたなと、直感しました。そして、亀井先生のお顔と「顔晴る」の言葉も脳裏に浮かびました。
 
きっと自分はいつもひどい表情で歩いているのだろうと想像がつきます。
 
「顔晴る」のは、本当に大切なことで、影響力を持つことだと、分かったように思えます。2つの出会いがあってこそ、成長の機会に気がつくことができたとも思います。ありがとうございます。
 
併せて、アメリカのニュースで「日本には”GAN-BARU(ガンバル)”という言葉がある。”決して実現できない、成功しないと分かっているのに、あきらめない”という意味だ」と紹介されていました。
 
別のアメリカ人との会話で、このニュースの話しになりました。この皮肉な表現に対して、「頑張る」の意味は「Stay strong」だと返したところ、うなずいていました。
 
でも「顔晴る」の意味合いまでは伝えきれませんでした:言葉にできるほど私が理解していないのと、英語で表現できるまでは私の語学力が至っていないことが理由です。私にあってよかったと思う人ができるように、成長したいと思いました。
 
追伸、海外から見た日本は、粘り強く、まさに和の人種です。力強く復興の途を進むことができるはずです。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
みなさん、それぞれの感想を持たれたことと思います。私もこのメールを受け取ったとき、素直に嬉しく感じると共に、いろんな思いが去来しました。
 
その中でも今日、一番皆さんにお伝えしたいと感じたのは、
 
「私達は、表現が難しい微妙なニュアンスを伝えることができる“コトバ”を持つ、とても幸せな国民である。」
 
ということです。そして、だからこそ千年以上続く国作りができるのだと・・・。これまで以上に、“コトバ”を大切にしようと感じさせてくれたメールでした。○○君、ありがとうございました!
 
さあ今日一日、顔晴っていきましょう!
 


No.062 誇り2

1000nen

2011/04/04 09:00:00

 
「非常事態にも関わらず、社会秩序が保たれ、被災者らが救援物資を奪い合うことなく冷静に対応」(3月13日付、中国・新京報)する姿を絶賛。(中略)「避難所の被災者が大声で言い争うことなく秩序よく並び、弱者優先で助け合っている。」と紹介。
 
「信号機が停電し、交差点に警察官も立っていないのに、ドライバーはお互いに譲り合い、混乱は全くない」(同日、中国・新華社通信)と驚きを隠さず、「そこからは再建の希望が見える」とつづった。
 
「道路は大渋滞になったが誰もクラクションを鳴らさない」(同日、台湾・聯合報)と驚きとともに伝えた。
 
これらは、14日付の中日新聞に掲載された、震災後の日本を報じる海外メディア記事を紹介する文章の抜粋です。その後も、数々の事実が続々と紹介されています。
 
「東日本大震災で沿岸部が壊滅した宮城県七ケ浜町で、被災者支援に尽力していたさなか、3月末の定年退職を目前にして病に倒れた町職員がいる。税務課長だった佐藤栄一郎さん(62)。持病を抱えながら、震災後は一度も帰宅せずに住民や同僚の支援に奔走し、3月17日に役場で吐血し、翌日なくなった(中略)町職員は不眠不休で働いていた。栄一郎さんも泊り込み、連日深夜まで、非難した被災者の炊き出しの手伝いや、支援に駆け回る部下の世話を続けた。部下の一人は、「帰ってくださいと頼んでも、おれだけ帰るわけにはいかないと断られた」と話す。(中略)集中治療室に入っても、最後まで職場を気にしていたといい、枕元の久美子さん(奥様)に「心配ないから早く仕事に戻ってくれ」とつぶやいた。「役場の人は来ていませんよ」と久美子さんが返すと、「そうか」と安心したように漏らした。それが最後の会話になった。」(4月2日付・日経新聞社会面)
 
「伊原(トヨタ自動車の調達を担当する専務)は福島県内にある素材メーカーのトップから一通のメールを受け取った。「もう納められない。レシピを公開するので他社に精算してもらってください」。自ら身を引く決断。秘中の秘である生産ノウハウを示すデータが添付されていた。「頭が下がる。一刻も早く再開しなければと思いを強くした。調達部門の全員が旨を熱くした。」(3月29日付・日経新聞特集「大震災・企業はどう動いた」)
 
「この大地震・大津波災害の報を受けて、直ちに新燃岳噴火災害の被災者の方々が「自分達の所に寄せられた救援物資」を急ぎ東北へ配送した、と聞くと胸が一杯になる。「僕の傷より君の傷の方が深いから」と自らの痛みをこらえようというその“心根”に感動するのである。」(4月1日付、日経新聞・プラムナード「少年の叫び(さだまさし)」)
 
書き始めたら切がありません。これまで紹介された事例を全て書き留めてこなかったことを後悔していますが、もしそうしていたらどれだけの時間を要したことか・・・。しかし、それとてほんの一部に過ぎません。もし全てのことごとを紹介できたとしたら、義援金の口数をはるかに上回る事例があることでしょう。義援金は一時のこと、でも被災された方々にとっては、毎日のことだから・・・。
 
本来、義援金を出したことなど、大仰に報道すべきではない、と思います。その紙面があるなら、小さな事例を紹介した方がよほど良い、と思うのです。
 
閑話休題・・・
 
私はこれらの報道を見聞きするに付け、本当にこの国に生まれ育った良かった、と心底思います。そしてこの国に生まれ育ったことに、揺ぎ無い誇りを感じます。
 
私達はこの誇りを、子々孫々に、そして社員さんに伝えていかなければなりません。それが被災しなかった我々の大きな使命の一つなのだと思います。
 
先のプロムナード「少年の叫び」では、次の事例が紹介されていました。
 
「テレビに映し出される被災地の惨状を見つめながら、日々気持ちが萎える僕の胸に、ある少年の叫び声が突き刺さった。気仙沼市の階上中学校卒業生の答辞だった。少年はこの災害に対応できなかった事を悔やみ無念の心を語り、しかし「それでも天を恨まず」と叫んだ。」
 
こんなことがいえる15歳を生み育ててきたこの国に、本当に誇りを感じます。


No.063 だんじり2

1000nen

2011/04/11 09:00:00

昨日、千年経営研究会メンバー11名と、私の生まれ故郷・八百津町の「だんじり(山車)祭」に参加してきました。その内容は昨年のこのコラムでも書きましたのでそちらに譲ります。
→2010年4月19日号「だんじり」 http://1000nen.info/column.htm
 
昨年は、このだんじり祭から学ぶこととして3つ挙げました。
1.全社員を鼓舞する「一言」を持っているか?
2.経営危機に瞬時に対応できる体制が構築できているか?
3.経営環境に即応するための基本方針が明確にされているか?
 
今年は少し違った観点で振り返ってみたいと思います。
 
今年参加し、一緒にだんじりを曳いてくれたメンバーが興奮気味に「凄かった」「楽しかった」「鳥肌が立った」などと賞賛の言葉をくれました。そして「また曳きたい!」と・・・
 
要するに、それだけの魅力があるということ。地元民としては、これほど嬉しいことはありません。
 
しかし、実はこの祭、一時期存亡の危機にありました。曳き手がどんどんいなくなっていたのです。
 
私が子どもの頃、曳き手の主役は小学生でした。特に小学6年生ともなればスター的存在。三本線の入った法被を渡され、だんじりに最も近い「綱元」での役割を任される。もし転ぼうものなら、すぐ目の前の5tのだんじりの餌食になる、そんな場所だからこその迫力と使命感を感じながら曳いていたものです。
 
ところが少子化でどんどん曳き手が減少し、更には「一生懸命が格好悪い」的な風潮から、更にその現象に拍車が掛かっていったのです。
 
「このままではだんじりが動かなくなる」
 
このことに危機感を感じた、ちょうど私達と同世代の者たちが、自分達の問題としてとらえて立ち上がります。年齢・性別の枠を外し、自ら曳き、そしてその魅力を伝えていくことに尽力し始めたのです。
 
その甲斐あって今では、老若男女を問わず多くの曳き手が現われ、無事30度の坂道を登り切ることに不安を感じなくなるほどまでに人が集まってくれるようになりました。
 
ここで考えておかなければならないことは、どんなに魅力あるものであっても、魅力を感じてもらえるかどうかはわからない、ということです。事業もまさにそうで、どんなに事業そのものに魅力があるとしても、その魅力を社員さんがきちんと感じているかどうかは分からない、のです。だからきちんと伝えていかなければならない・・・
 
そもそもこの世の中に、やりがいのある仕事などありません。もちろん、やりがいの感じやすさには程度の差があるのでしょうが、初めからやりがいが保証されている仕事などない。やりがいを感じて仕事をするか否か、の問題なのです。
 
私達経営者は、事業そのものを魅力的なものにしていくと同時に、その魅力をきちんと伝え、やりがいが感じられる事業に育て上げていかなければなりません。
 
しかし、実際にやってもらわないことにはその魅力ややりがいは伝えられない。だから
 
「やってみせ 言って聴かせて やらせてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」
(山本五十六)
 
なのです。
 
経営者の仕事好きを伝染させ、社員さんにその仕事の魅力とやりがいをきちんと感じてもらえるようにし、結果として「活喜生輝(いきいき=喜んで働いて輝いて生きる)」人生を送ってもらう。今回はその重要性を強く感じて帰ってきました。
 
来年は皆さんが参加され、是非一緒に多くの学びを体感しましょう。お待ちしております。


No.064 創業

1000nen

2011/04/18 09:00:00

 
私はよく、
「経営者の悩みの8割は人の問題」
「経営者の苦しみ8割はお金の問題」
「経営者の喜びの8割は売上が上ること」
という話をします。もちろん極論ですが、少なくとも私達コンサルタントへのご相談は、概ねこの3点に集約されるように思います。
 
この中でも創業時の最大の問題は「売上」。逆にいれば、これしかないといっても過言ではありません。
 
先日、ある講演会の後、創業間もない若手社長から、次のような質問を受けました。
 
「講演の中で、企業は“社会の公器”との話がありました。頭では何となく分かるのですが、正直スッキリしない感じです。」
 
講演の中で私は、
「企業は社会の公器として、企業を取り巻く社会に対して貢献をしていかなければなりません。具体的には、お客様にはご満足を、国や地方公共団体には納税を、地域には雇用を、株主には配当を、取引先には滞りのない支払を、社員には働き甲斐を、地球・環境には美化を、債権者には利払いをすることです。」
といったお話をしていました。
 
いろいろなやり取りの後、あることに気付いた私は、次のように表現を変えてみました。
 
「企業は、お客様にご満足いただくための不断の努力をし、その対価としての報酬をいただきます。これが売上です。その売上が増えれば増えるほど雇用を生み、社員の所得を増やし、取引先を潤わせ、株主により多くの配当を支払うことができるようになります。結果として、国や自治体の税収を増やし、以って社会全体に貢献することができるようになるのです。そしてこの一連の貢献のありようが「企業は社会の公器」と言われる所以です。」
 
その瞬間、「良く分かりました!」と嬉々としてお帰りなったその社長の後姿を見て私は、これまでの説明に欠けている何ものかに気が付きました。
 
前者の説明も決して間違いではありません。でもそれは継続企業のある一瞬を説明したものであり、静態的なもの。だから、創業者からすると違和感がある。
 
後者の説明は、まさに起業時から時間的経過を追っての説明であり、動態的。だからこそ創業者にはしっくり来るのだと思います。
 
私自身が改めて気付かせていただいたのは、「売上」の大切さ。「なんだかんだいっても、売上がなかったら、始まらないんだなぁ~」ということ。当り前過ぎて、ついつい目の前の些事に心囚われてしまいがちですが、突き詰めて考えてみれば、売上がなかったら始まらない。
 
大変厳しい時代です。しかしそれ以上に「売れない時代」を乗り越えてきた方がいます。それはあなたの会社の創業者。お金もない、信用もない、どうすれば売れるかも分からない、そんな「売れない経験」を創業者が跳ね除けくれたお陰で、売上以外の悩みを持てるほどの今がある。
 
創業後、1年で40%、3年後60%、5年後85%、10年後には95%が淘汰されるといわれます。しかし、創業間もない企業で、潰れる理由がそれほどある訳ではない。結局のところ、食っていけるだけの売上がなかったことに尽きる。
 
会社を立ち上げ、創業の苦難を乗り越え、継ぐことができるものを残してくれた創業者に思いを馳せ、会社を残せるだけの売上を創る。それが今、一番大切なことなのだと、改めて思います。
 
 


No.065 我

1000nen

2011/04/25 09:00:00

 
離れてみて、はじめて気付く価値があります。離れてみないと分からない価値があります。その意味において、離れることには十分な価値があります。ただ・・・
 
何故、離れないと分からないのでしょうか?
何故、一緒にいる時には分からないのでしょうか?
 
私はそこに、“が”というものの存在を感じます。「俺が」「私が」の“が”。「自分が正しい」「自分の方があってる」・・・そういう感情、思いが、本来他者他物から気付くべき本質を遠ざけているのだと思います。
 
それは、今まで自分が経験してきたこと、生い立ちから学んだことなどに対する「自信」の表れかもしれませんね。自分自身に自信を持っていなければ、とても「俺が」「私が」などとは言えませんから・・・
 
でも、それが本当の「自信」であったなら、逆にその“が”は出てこないように思います。この“が”は、相対的なものであり、相手がいてはじめて成立する“が”だからです。それも今の自分に対する自信。
 
究極の自信の持ち主は、相手がいてはじめて成立する自信などではなく、今の自分に対する自信ではなく、もっと本質的な自信、成長する可能性を秘めた自分への自信、将来まで見据えた自信を持っている。だから他者他物からの学びを否定せず、素直に受け止め、これもまた自分のものにしてしまうのであろうと思うのです。
 
要するに、この“が”は、今までの自分を否定されることに対する反抗、これまでの人生や生い立ちの不足するところをずばりと指摘されてしまうことへの恐怖心のようなものの表れではないかと・・・。
 
究極の自信があれば、この“が”は出てこない。逆に相手の言葉を、思いを、知恵の一切を受け入れ、自分のものにしていくことができるのだと思います。
 
だからこの“が”が出てきたとき、その原因を自らの中に求めなければなりません。「何故今“が”がでたのだろうか?」と。そこに自己の成長を阻害する要因があるものです。
 
そう考えれば、離れない方が学べることが多いはず。逆に言えば、相手の一切を己のものにしようとすれば、一生掛けてもとても足りない。だから、離れるどころかとことん喰らい付いて、盗めるものをとことん盗む。それが自己成長の近道であるはずです。
 
それでも離れなければならないとするなら・・・。
 
その意味を考えなければなりません。その理由を肯定的に受け止め、離れるからこそ分かることを徹底的に考える。そういう姿勢が大切なのだと思います。


No.066 他人事

1000nen

2011/05/09 09:00:00

 
「他人事」に対する姿勢が、その人の価値なり、人格なり、成長余地を規定しているように感じます。その姿勢には概ね5段階あると思います。
 
「対岸の火事」タイプ
向こう岸の火事は自分に災いをもたらす心配がない。だから自分には関係がなく、なんの苦痛もない。他人がどうあろうが全くどこ吹く風で、学びもなければ気付きもないタイプ。
 
「他山の石」タイプ
他山の石とは、よその山から出たつまらない石という意味。転じて、自分の修養の助けとなる他人の誤った言行。「人の振り見て我が振り直せ」で、他人事から何かに気付き、学んでいくタイプ。
 
「一日一善」タイプ
他人事を放置せず、目の前にある自分が手助けできることをできる範囲でするタイプ。今の力をより高めることができる。ここで初めて“個”から“全”への領域に入る。
 
「ALL FOR ONE,ONE FOR ALL」タイプ
他人事を我が事、「あなたと私」ではなく「あなたは私そのもの」と認識し、「袖振れ合うも他生の縁」である方々と彼我の垣根を取っ払って、今の今、でき得ることを精一杯成すことができるタイプ。それが例え直接的には自分の利益に繋がらなくても、自分の役割を自覚できたとき、その実践で喜ぶ人の顔を思い浮かべて喜んでさせていただくことができるタイプ。今まで気付かなかった力を見出し、磨き続けていくことができる。
 
最悪なのは
「他人の不幸は蜜の味」タイプ
他人事を笑いものにする、とまでいかなくても、人に聴かれたくないこと、秘密、相談事を、他の人にぺらぺらしゃべるタイプ。人の痛みが分からず、そうされることがどれほど辛いかさえ理解できない、しようとしない。多くの場合、自分自身に自信がなく、「俺はこんなことまで知っている」と吹聴することで、自分のステイタスを維持、誇示したいタイプが多い。人の上に立たせてはいけないタイプ。
 
もちろん、「ALL FOR ONE,ONE FOR ALL」タイプが目指すべきところ。
 
今自分はどの段階にいるのかを確認した上で、今日から「ALL FOR ONE,ONE FOR ALL」タイプへと自己革新しましょう!


No.067 思い遣り

1000nen

2011/05/16 09:00:00

 
先日、ある会合の役員会に参加したところ、次のような話がありました。
 
「講演会などがあると、一部の方が受付をやることになります。本当はその人たちも話を聴きたいのだろうけれども、遅れてくる人もいるので、受付席から離れることができず、聴きたくても聴くことができません。どうにかしてあげませんか?」
 
なるほど、その通りだと思いました。そしてこの件は、「ビデオを撮って残しましょう!」という提案に、全員大賛成で可決しました。
 
一方で私は、こんな当たり前のことにさえ気付かなかった自分を、恥ずかしく感じました。
 
「思い遣り」という言葉があります。これは「私の思いを、相手の心にお遣いに出す」ことだと思います。そしてこの「思い遣り」の気持ちが強ければ強いほど、お客様のため、社員さんのため、子々孫々のための行動が自然にできていくのだと思います。
 
今回の件は、まさにこの「思い遣り」の気持ちが足りなかったのだと・・・
 
さて、そもそも参加予定者が全員、定時に揃っていれば、そんな問題は発生しない、というのも事実。無断欠席者や遅刻者がいるから受付から離れることができないのですから。
 
参加する側からすれば、別に自分が参加しようがしまいが、遅刻しようが早退しようがそのイベントは開催されるものであり、「別に構わないじゃないか」「用事があるから仕方ないじゃないか」ということになるのでしょうが、主催者側からみたら迷惑千万。
 
また、参加していただく方のためをひたすら思い、最高のおもてなしをしようと心を尽くしている主催者の気持ちが理解できなくて、「本当に人の上に立てるのか?」ということも考えなければいけないと思います。
 
でも現実は、そんな当たり前のことが分からない人が増えてきているように思います。そういう私も、主催者側のその苦労に思いを馳せ、感謝の気持ちを心に湛えて参加させていただいているかといえば・・・
 
今回の話は、自分の「思い遣り」ダムの小ささを思い知らされました。そして、心のダムに「思い遣り」の気持ちを目いっぱい湛えて、より一層お役に立てる人間になっていこうと誓いました。


No.068 朋

1000nen

2011/05/23 09:00:00

 
このところ社内外で、新たな商品なり、新たな組織なり、新たな展開なりの構築のための打合せの機会が多くなってきました。その内容・テーマは実に多彩で、そのメンバーもまた多士済々・・・
 
以前、日本実業出版の「経営者会報ブログ」(http://board06.keikai.topblog.jp/)において、今回の震災から学ぶこととして、
1.日本の地に生まれ育ったことの誇りを取り戻す。
2.生活者としては、これまで通りの生活をする。
3.経済人としては、東日本の分まで(1.5倍)稼ぐ。
といった内容をお伝えしましたが、なんだか私の周りで「3」が渦巻いているような気がします。これも言霊の力なのでしょうか・・・。少なくとも、見えざる力に突き動かされているような感じがします。
 
余談ですが、5月19日の日経新聞の広告企画「いまこそ日本」において、「五体不満足」の作家・乙武洋匡さんが、震災後のメッセージで、
 
「世間は“自粛ムード”で、さまざまなイベントが中止に追い込まれたりもしています。集客や安全面の確保など、さまざまな角度から検討した結果の「中止」ならば尊重されるべき結論ですが、どうも「開催すると、不謹慎といわれるのでは・・・」と批判されることを恐れて、中止にしている団体もあるように思います。それは「自粛」でなく「他粛」。被災地のためではなく、自分たちのためを思った対応ではないでしょうか。」
 
と記されていました。全くその通りだと思います。改めて、「2」の観点から、自らの行いを見詰め直す必要があると感じました。
 
閑話休題
 
ここ1ヶ月で二桁を超えた打合せを通じて感じるのは、
 
「やっぱり、何かを生み出すというのは、楽しいことだなぁ~」
 
ということ。
 
アメリカの臨床心理学者・ハーズバーグは、人がヤル気になる要因として、「達成」「承認」「仕事そのもの」「責任」「昇進」を挙げていますが、「仕事そのもの」の中でも新しいことへのチャレンジは、人のモチベーションをグッと上げる要因であるようです。
 
それも、「やらされ感」を持ってやっていては何の成果もないでしょうが、今回の打合せは全て
 
「以前からやってみたかった」「これからの時代に絶対に必要になる!」
 
と参加者全員が感じていることに対しての打合せ。自ずと盛り上がります。
 
中には、抗うことができない状況の中で、「検討せざるを得ない」ものもありますが、状況は変わらないのでやらざるを得ない。どうせやるなら、前向きに、明るく、楽しんでやる、そういう姿勢が必要です。この点、まだ踏ん切りがついていない人もいるようですが・・・。いずれ分かってくれるでしょう。
 
また今回の数々の打合せを通じて私は、“生み出だし”は一人よりも、
 
 「同じ思いや志を持った仲間と一緒に考えると、もっと楽しい!」
 
ということを痛切に感じました。いやぁ~、実に楽しい!
 
そして検討の後、全員一致の結論を出せたときの満足感というか、達成感というべきものは、何物にも変え難いものだと感じ入りました。
 
私はそういう仲間を持てたことを、非常に頼もしく、嬉しく、そして幸せに思います。
 
「本当に有難う」


No.069 夢

1000nen

2011/05/30 09:00:00

 
先週の土曜日、10年来のお付き合いをいただいている鹿児島の創業者Iさんから招かれ、新社屋完成記念祝賀会に参列してきました。
 
Iさんは私にとって、創業社長の事業承継のお手本のような方で、私の講演や原稿で何度も登場されている方です。とにかく、徹底されている。
 
5歳で長男を後継者にと決めた後は、ご夫婦揃ってそのことを周囲に徹底して伝えられ、入社してからも、その業界で最も重要な部門を任せ、あらゆる手段を講じて高い目標を達成させて部長へ、業界初のISO14001取得のリーダーとしての責務を果たさせて常務へ、新規事業の立ち上げを成功させて副社長へ、そして創業30年で社長へと、まさに絵に描いたような承継劇で、もうそれは、唸るしかないものでした。
 
今回の祝賀会は、そのIさんが「私の人生の集大成」と仰るもの。「いつかはここでやってみたかった」という、天皇陛下も泊まられる県下随一、というより全国でも屈指の城山観光ホテルに、北は北海道から南は沖縄まで、実に340名を越える方をお迎えになり、また国会議員や鹿児島市長まで招かれたその会は、実に盛大で、まさに「夢が叶いました」との言葉通りのものでありました。
 
このパワーは一体どこから来るのでしょうか?
 
もちろん「創業者のハングリー精神」と一言で済ますこともできますが、どうもそれだけではないように思います。
 
実はこのIさん、ご養子さんです。そして二言目には「I家のご先祖様のお陰で」「I家を私の代でもっと繁栄させたい」という言葉。現に毎月最低1回は、奥様と一緒にお墓参りをされている。単に口先だけではなく、きちんと実践されているのです。
 
やはりこの先祖崇拝の精神は、事業経営のベースにあるべきものであるように思います。そしてその実践は、確実に事業の成果として現われる。そういうものであると思うのです。
 
「集大成」と言いながらも、多分Iさんの胸の内には、次なる野望がふつふつと湧いていることともいます。I家への感謝報恩の気持ちは尽きることがないでしょうから・・・
 
既に多くの方にお話しておりますが、私自身、7月から新事務所立ち上げのため、九州に行くことになりました。Iさんを見習い、実践し、自らの夢を実現していこうと決意を新たにした一日となりました。
 
7月号のニュートップリーダー(日本実業出版社発行)では、お婿さん後継者の理想の姿について解説します。どうぞお楽しみに。


No.070 面談

1000nen

2011/06/06 09:00:00

 
今、人事部長としての最後の仕事として、入社3年経過者面談なるものを実施しています。これまでの3年間を振り返り、認めるべきは認め、正すべきは正した上で、これからの彼らの成長のために必要なアドバイスをすることが狙いです。
 
この面談を始めて5年になりますが、「石の上にも三年」とは本当によく言ったものだとつくづく思います。
 
何も分からず、ただただいわれたことをやるだけの1年目。やっていることの意味がわかり始める2年目。そしてやっと仕事をコントロールできるようになる3年目。やはり3年はかけないと、仕事人になる入口にも立てない、そう思います。
 
ところがこの3年経過というタイミングが、一番「転職」が発生しやすい時期でもあります。実は、当社がこの面談を始めた最大の理由もここにあります。元々の動機は「退職防止」だったのです。当時は、入社3年で3割の社員が退職していましたから・・・
 
転職理由はさまざまですが、どうも次のような傾向があるようです。
 
1.今ひとつ仕事の面白みが分からない(3年間を漫然と過ごしてきたタイプ)。
2.3年我慢したが、辛いことしかなかった(仕事を「させられてきた」タイプ)
3.一生懸命やってきたのに、正しい評価をしてもらえない(自惚れ屋さんタイプ)
 
特にこのところは、「1」のタイプが多くなっているように思います。
 
いずれにしろ、3年というタイミングは、やはりターニングポイントとなることには変わりありません。この時期に、次へのステップへの正しい方向性を見いだしてあげることの価値は大きいと思います。
 
この面談の効果だけではないでしょうが、退職者は極端に減りました。現に、今年の面談対象者29名は、誰一人欠けていません。また、入社3年経過者面談を受けた者で、結婚や出産などの理由を除いて、退職者ゼロです。ありがたいことです。
 
先日も、とても嬉しい報告がありました。
 
「3年間、我武者羅に仕事をしてきました。3年がんばれば、自分にしかできないことが見つかるものと思っていました。でも、未だに見つかりません。」
 
と焦燥感を漂わす27歳に私は、
 
「見つけようとして見つかるものではない。二十代は川下り、岩があろうが、急流があろうが、滝があろうが、食らい付いて下り切ることが大事。とにかく目の前に起こることを徹底的に、真剣に、喜んで取り組むこと。そうすれば、探さなくても自ずと見えてくる」
 
とアドバイスしました。
 
その翌日、
 
「上司から「○○をやってみないか?」といわれました。一昨日までの僕だったら、多分断っていたと思います。でも昨日の話がありましたから、二つ返事で「はい!」と答えました。面談を受けて、本当に良かったです」
 
とのメールが届きました。
 
話の内容の良し悪しではなく、そういう機会を持つことが大切。そしていい話をするのではなく、例えそれが年上であろうとも、その人の親に成り切って本気で本音で話をする、という姿勢が大切なのだと思います。
 
入社3年経過者面談、是非ご検討下さい。


No.071 報告

1000nen

2011/06/13 09:00:00

 
先週の木・金曜日、来月に迫った福岡事務所開設に先立ち、九州の既存のお客様にご挨拶まわりをしてきました。1件当たり1~1.5時間ほどお時間をいただき、じっくりとお話をお聴きすることができました。
 
まず何より、全てのお客様が「良く来てくださいました」と、好意的に受け止めていただいていることに大安心。それどころか、「いつかこちらに事務所を出してくれないものかと、心待ちにしていました」とまで言っていただける方もいらっしゃって、本当に有難く、勇気と力をいただいたように思います。
 
さて当社では業務完了後、お客様毎に「業務報告書」を入力するのですが、帰宅した翌日、1件1件のお客様を思い浮かべながらパソコンに向かい合っている内に、新入社員の頃に感じていた懐かしい感覚を思い出してきました。それは「報告することの喜び」です。
 
当時私は「報告」というものが大嫌いで、どちらかといえば、後回し、後回しにしていました。「そんな時間があれば、少しでもお客様のために使った方が良い」と勝手な言い訳して・・・
 
初めの内は静観していた当時の上司は、頃合いを見計らって雷を落としました。そのときはかなり長時間に感じましたが、多分5分程度の大嵐の後、彼は次のように尋ねました。
 
 「おまえは誰のために報告書を書いてるんだ」
 
新入社員研修では「報告は義務である」と学んでいましたから、当時は「誰のために」などということは深く考えていなかったのだと思います。ただただ言葉に窮したことだけを覚えています。
 
常識的に、「会社のため・・・ですか?」と答えた私にその上司は、次のように続けました。
 
 「もちろん、それもある。業績責任を負っている俺にももちろんきちんとした報告を
して欲しい。でも本当の報告の価値は、そのお客様に関連する全ての人たちのために
ある」
 「お客様から聞いたこと、先方で感じたこと、お伝えしたことを思い出し、そのことを
誰に伝えたら喜んでもらえるか?誰の役に立てるかを考えなさい。そしてそれを報告
書にまとめること。」
 「もしおまえが協力者の立場だったら、そういう情報、おまえは要らんか?」
(「要ります」と答えると)
「それは1ヵ月後か?」
(「いえ、直ぐに欲しいです」)
「なら、すぐ書け」
 
このときから、報告書に向き合う姿勢が変わりました。そしてそういう気持ちで報告をすると、結構喜んでくれる人がいるんですね。また、今まで全く評価してくれていなかった先輩が、「おまえ、そんなこともやってたのか?」と褒めてもらえたりして・・・。「報告って、面倒臭いけど、良いこと尽くめだなぁ~」と感じたものです。
 
このところの報告は、どちらかというと形式的になっていたように思います。もちろん情報は展開しているつもりでしたが、それは既に習慣化していて、自分自身の喜びを伴うものではなかったように思います。
 
今回、新しい業務をすることとなり、出会うこと、出会う人全てが新鮮、全て学び、全てが驚き。そこから感じる「報告したいこと」は無尽蔵で、本当に尽きることがありません。例えそれが、以前からこの仕事をしている者にとっては当たり前のことであったとしても・・・。やはり、常に自分を新たなフィールドに置き続けることは大切なんだと感じるところでもあります。
 
今回感じた報告の喜び、改めて全ての業務で感じられるようにしていきたいと思います。
 


No.072 廃業

1000nen

2011/06/20 09:00:00

 
業のご相談が増えてきています。近年、後継者不在で廃業されるケースは多くなってきてはいましたが、このところ増えているその理由は「食っていけなくなってきた」というもの。「このまま続けていっても良いのだろうか?」という迷いからくるものです。「内部留保がある内に・・・」との言葉に、悲壮感が漂います。
 
業種をお聴きすると、確かにマーケットそのものが細ってきているのは明らかで、将来を考えても大きく伸びることは期待できない場合が殆どです。
 
しかし、事業意欲を失っておられるかというと然に非ず。そのお仕事は大好きで、できれば続けたい、と仰る。でもその仕事では食っていけない、そういうご相談なのです。
 
みなさんであれば、どのようなアドバイスをなさいますか?
 
食べていくためのお仕事を「生業(なりわい)」と言います。自分の人生を全うするためのお仕事を「天職」と言います。要するに先のような相談は、「天職では生業にならなくなった」ということですね。
 
じゃあ、食っていけない現実と、続けたいという希望とを両立させるためにはどうすれば良いのでしょうか・・・
 
「天職を全うするために、新たな生業を立てる」ということですね。
 
今まで食べさせてくださっていただいていたお客様だけでは食べていけなくなった。
今の商品・サービスでは食っていけるだけの売上ができなくなった。
今のやり方が、今の世の中、通用しなくなった。
 
ならば、新しいお客様を見つける、新しい商品やサービスに着手する、新しい方法を見出す、ただそれだけのこと。
 
それが嫌なら、「廃業やむなし」ということです。
 
このようなお話をさせていただくと、殆どの皆さんが目を輝かせて帰っていかれます。確かに新たな道を切り開いていくことは、今のまま誤魔化し誤魔化し続けていくよりも苦難は多いことでしょう。しかし、目を輝かせて帰っていかれるその方々は、それを上回るほど天職に惚れ込んでおられる、そういうことだと思います。
 
一方で、力なく帰っていかれる方もいらっしゃいます。多分そのような方々は、廃業を選ばれるのだろうと思います。そして多分、そういう方にとっては、廃業という選択の方が良いのではないか、と思います。ご自身にとっても、周囲の方々にとっても・・・。


No.073 足元

1000nen

2011/06/27 09:00:00

 
以前からお伝えしているように、現在入社3年を経過した社員に対する面談を実施しています。
 
3年というのは、やはりけじめの年次のようで、独立なり転職なりという話が出てくる年回りでもあります。先日も、そのような事例がありました。
 
学生の頃、擬似起業の経営者役を務めていたAさんは、入社当初「将来は、女性の社会進出なり、職場環境の改善なりといった分野で活躍したい」と考えていました。彼女が数ある内定の中から、名の通った企業を振り払ってまで当社を選択したのは、予定配属先であった会計部での仕事が、その起業の一助になるのではないか、との考えもあったようです。
 
入社後の彼女の活躍は目を見張るものがあり、評価も上々。今回、「1年後には独立したい」という話が出てきたことも、それほど不思議には思いませんでした。
 
しかし、彼女の考える独立までのプロセスを聴いた私は、違和感を禁じ得ませんでした。
 
彼女はその希望をかなえるため、仕事の傍ら休日を利用するなどして、社会保険労務士の資格取得を目指したり、女性の社会進出をサポートする団体にヒアリングに行ったり、女性が働きやすい職場の事例を調査したりと、精力的に活動していました。
 
そのことそのものは大変素晴らしいと思うのですが、何か根本的なところが違っているように思ったのです。
 
そこで彼女に尋ねました。
 
「もしかして、仕事は仕事、独立は独立と、全く別物と考えていないか?」
 
彼女の答えは「YES」でした。
 
当初は独立に役立つとの考えで入社してきたものの、全く未体験の慣れない業務に必死になって喰らい付く日々を送る内に、彼女の中で乖離が始まったようです。そして1年、2年と時が経過していくに従って、「このままで本当にやりたいことが実現できるだろうか?」との疑念が生まれ、先のような活動を「やむにやまれず始めた」というのです。
 
私は次のように諭しました。
 
「女性の社会進出なり、職場改善なりを実現しようとすれば、当然経営者の協力の意思と意欲がなければならない。これを伴わない活動は、単なるシュプレヒコールに過ぎない」
 
「その経営者は、企業の存続と発展を目指して利益を追求する存在。真にあなたの目的を果たそうとするなら、利益との両立を図ることができなければ、絵に描いた餅」
 
「私達は、経営者に正しく利益を上げていただくためのアドバイザーである。まさにこの両立を目指すことができる存在であることを忘れてはいけない」
 
「過去は必然。何故あなたが当社に入社したのか、会計部に配属されたのか、その意味をもう一度考えてみなさい」
 
面談の中で、何度か浮かんでは消えていた苦悶の表情がその瞬間一切なくなり、ふわっと明るさと輝きを取り戻したように感じました。「もう一度、仕切り直してみます!」と力強く宣言した彼女に、「答えが見出せたときにもう一度話をしよう」と約束して面談を終えました。
 
目的の違いはあるにせよ、このような話はそれほど特殊なものではないと思います。企業経営そのものでも全く一緒。今やっている仕事の本当の意味を見詰めてみる、時に必要なことだと思います。


No.074 ディスカッション

1000nen

2011/07/04 09:00:00

 
先週の金曜日、全社員を対象としたグループディスカッションを実施しました。平日でしたので、電話当番などで一部の社員が参加することができませんでしたが、240名以上の社員が21のグループに分かれて実施したディスカッションは、大盛況のうちに終えることができました。
 
当ネットワークは今年10月に、創業45周年を迎えます。またこの3月には、創業者・佐藤澄男の長男を株式会社 名南経営の新社長に迎えることができたこともあって、「今一度ネットワーク全体の方向性を明確にし、50周年に向けて大きく羽ばたいていこう!」と今年の4月、ネットワーク各社の役員クラスが一堂に会して合宿を行いました。
 
その中で、
 ・今後ともお客様に貢献し続けていこう。そのために社員の  持続的成長を実現しよう。
 ・全ての部門において、独自のナンバーワン分野を創出して  いこう。
 ・お客様の明日への発展に貢献できる新分野への取り組みを  継続して進めていこう。
 ・ネットワーク全体の価値を高めるために、他部門への貢献を  図っていこう。
 ・これらの取り組みによって、お客様にとって、社員にとって、 社会にとって価値ある存在であり続けよう。
といった方針を確認したのです。
 
そしてその実現のための具体的な取り組み事項を検討する中、合宿参加者全員が共通して感じていたことがありました。それは
 
「社員の声を聴いてみたい」
 
ということ。
 
・社員は、会社に対してどんな思いを持っているのだろうか?
・どんな会社にしたいと思っているのだろうか?
・何にトライしたいと考えているのだろうか?  などなど
 
聴いてみたいことは山ほどありました。「ならば、聴いてしまおう!」ということで実現したのが、今回のディスカッションだったのです。
 
ディスカッションでは、先の5つ方針に沿ったテーマを事前に提示し、その中から自分が検討したいテーマを選択。事前にグループ分けをし、更には議長・発表者・書記を決めておいた上で当日を迎えました。
 
個々のグループは議長が取りまとめます。事前に宿題を出す者、自分の考えをレポートにまとめて事前に展開しておく者、グループメンバー一人ひとりに連絡を取って事前のヒアリングをする者など実に個性的でしたが、随時公表される他のグループの取り組みを参考にしながら、当日を充実したものとするための準備を進めてくれました。
 
その甲斐もあって、わずか80分のディスカッション時間を目一杯使って、有意義な時間を過ごすことができたようです。もちろん、「時間が足りなぁ~い!」という叫び声はあちこちで上っていましたが・・・
 
またその後発表された内容も、今後の参考になるものばかり。今年度内に策定予定の50周年に向けた中期経営計画に盛り込んでいきたいと思っています。
 
社員の本音を聴く機会を持つ。やり方はいろいろありますが、そういう機会を持つことそのものが大切であると痛感した一日となりました。
 


No.075 相談

1000nen

2011/07/11 09:00:00

 
以前あるお客様で、管理者向けの個別相談会を実施していました。私が講師を務めた研修の受講者を対象に、研修受講によって明らかになった自分並びに自部門の問題に、直接的な解を見出そう、との目的で始めたものでした。
 
しかし始めた当初は、会社や上司に対する愚痴ボヤキ・不平不満のオンパレードで、思惑とは大きく乖離した相談ばかりでした。いえ、現実には「乖離している」と思っていた私がいました。
 
最初の内は、目的とは異なる相談に苛立ち、相談してきた当人に強く説教してみたり、余りに酷い内容に、社長や会社の姿勢を疑ったりもしてみました。
 
しかしある時、どうも彼らは愚痴ボヤキを言いたくてその場に臨んでいるのではなく、やはり何かを解決したいと思って相談を申し込んでいるのだと感じ始めました。ただ、何をどう話せば良いかわからず、ついつい出てくる言葉が愚痴ボヤキだった、どうもそういうことのようだったのです。そのような気持ちで話を聞いてみると、
 
・彼らは本当に会社や上司に不満を持っている訳ではない。いや、持ってはいるが、それが直接的なものではない。
・相談会に手を挙げるということは、勇気がいったりするもの。それでもなお、相談したいと思うほど、彼ら自身に変わろうという意志と意欲がある。
・実は、自分に問題があるとわかっているが、その出口が見つけられず、もがいている。
 
という実態がわかってきたのです。
 
そのことに気付いた私は、その日以来、相談会への姿勢を変えました。とにかく彼らの口から出てくるネガティブな言葉そのものに左右されないこと、その言葉の奥に潜んでいる本当の気持ちが見つかるまでは、とにかく「聴く」。ただただ「聴く」。途中、口を挟まずに「聴く」。
 
そうすると、彼らの実情が徐々に見えてきます。
 
確かに、会社や上司に問題がない訳ではありません。しかし過去と他人は変えられない、変えることができるのは、自分と未来だけ・・・。
 
この大前提を下に、どうすればより良くなっていくかを、共に考えるようになりました。
 
するとどうでしょう。元々、勇気を持って相談会に臨んでいる彼らです。その場で出た結論は、とにかくやってみる。自分で納得したその言動を、とにかく徹底してみる、そういう姿勢が生まれてきました。
 
結果を信じて行動する者は、強いです。もしその方法自体が良い結果をもたらさなかったとしても、そこに工夫が生まれます。もっと良い方法があるのではないかと、自ら探す姿勢が生まれます。そして必ず、成果を上げるようになってくるのです。
 
この日を境に、相談者が増えてきました。
 
人は本来、変わりたいと思っている。でも変われない何かがある。その何かを一緒になって考え、取り除き、共に成果を追及する。そんなことが大事なのだろうと思います。
 
少なくとも、餌を捕って渡す的な発想ではだめで、元々持っている彼らの自己革新意欲に火を点けることが大事なのだろうと思います。


No.076 社員さん

1000nen

2011/07/18 09:00:00

 
今私は、九州の会計事務所様のお客様を回らせていただいています。一口に会計事務所といっても、大御所といわれる事務所から、先生おひとりの事務所まで、また、病医院に強い事務所や、建設業に精通した事務所、事業承継が得意な事務所や、とにかく安さを売り物にする事務所など、実に多士済々。
 
いろんな事務所をお訪ねしていく内に、あることに気付き始めました。それは「世間の評価と事務所の雰囲気は無関係」ということ。即ち、業界内で噂される先生の評価が高いからといって、決して好ましい事務所運営がなされているとは限らない、また逆も真なり、ということです。
 
先日も、ここ数年、大躍進をされていると業界内では噂もち切りの事務所へ訪問してきました。二代目だという先生は実に雄弁で、舌鋒鋭く、熱く「お客様のために」を語る先生に、「この人であれば躍進できるのもうなずける」と感じていました。
 
しかし、お伺いした時には外出中でいらっしゃらなかった職員さんが、面談終盤戦から、一人二人とお帰りになって来ました。その職員さんは一様に疲れのベールを身に纏い、生気がないというか、少なくとも、イキイキ・ワクワク・ドキドキしている状態ではない。
 
最初の内は、「この暑さではさすがに仕方がないよなぁ」と思っていたのですが、どうもそうではないらしい。帰り際、「ありがとうございました」と挨拶をするも、ほとんどの職員さんが俯いたまま、ちょこんと頭を下げるだけ。
 
正直なところ、この事務所がなぜ躍進できるのか、私の頭の中は疑問符に溢れました。そして、所長先生の個人的能力の限界がこの事務所の限界であり、所長先生の勢いが止まった時、事務所の成長は止まり、逆に衰退に向かうのだろうと感じました。
 
一方で、複数の先生から「あの先生は変わり者だから、気を付けた方がいいよ」とアドバイスをいただいていた五十半ばのある先生。面談開始早々、「俺、働くの嫌いなんだよね」とか、「客から夜のお誘いを受けるのって嫌なんだよね」とか、「別に客なんて増えなくていいんだよ。もっといい事務所はいっぱいあるんだから、そっちに行けばいいんだよ」とネガティブワードのオンパレード。うなずいて良いやら悪いやら、それさえも迷う言葉の数々に、「職員さんも大変だろうなぁ」と思っていました。
 
しかし、あにはからんや事務所内は明るい。その後、職員さん向けの説明会を実施したのですが、実に積極的で質問のオンパレード。私たちの解説の一つ一つに、「これだったらあのお客さんに使える」「これはあの人、喜ぶわ」と、担当先一件一件のお客様の顔を思い浮かべながらお話を聞いていただいている。「この事務所は伸びる!」そう確信できる雰囲気でした。
 
口では悪態をついている先生も、よく話を思い起こせば、お客様のお誘いを断っていない。「嫌なら余所へ行けばいい」と言いながらも、「離れていくお客様は本当に少ないんですよ」(職員さんの話)とのこと。帰りに駅まで車で送っていただいた職員さんが、「うちの所長って、本当にお客様のことをよく考えているんですよ。わかりにくいですけどね(笑)」
 
目に見えるものに騙されてはいけなんだなぁ、と改めて学びました。
 
そこで働く社員さんが、どのように働き、どのように立居振る舞っているか、そこに答えはあるように思います。少なくとも「うちの社員はやる気がなくて困る。どうにかしてください」という社長では、変わりようがない。
 
パスカルの言葉に
「正義が強いか、強い者が正義か、正しい者が強くなるか、強い者が正しくなるか、より以外に人間は救われない」
というものがあるようですが、私たち人の上に立つ者は、常に正しくあるようにし続けることが大切なのだと思います。それができているかどうかは、社員さんの立居振る舞いが如実に表してくれます。社員さんは鏡、その事実を受け止め、自分の何を変えれば正しい答えが導き出せるか、常に考える必要があるように思います。


No.077 ま反対

1000nen

2011/07/25 09:00:00

 
先日、ある会社の幹部の喧嘩の仲裁に入ることになってしまいました。そのお会社とは二十年来のお付き合いで、その幹部二名とは、彼らが新入社員の頃から知っている間柄。私にとってその会社の社長が親で、彼らが弟のような存在です。
 
久しぶりにその会社を訪ねたところ、社長が急用でどうしても外出しなければならなくなり、少しだけ挨拶をしたところで退室。「せっかく来たのだから」と顔を出してくれた二人だったのですが、いろいろ昔話をしている内に、お互いの批判が始まってしまったのです。
 
A君は既存ユーザー周りを中心とした部門の長、B君は新規営業を中心とした部門の長で、二人とも次期役員として嘱望されています。
 
まずはA君が部下に対する不満を口にし始めました。
 
「全く今の若いのはダメだ。ちょっと厳しくすると直ぐに辞めると言い出すし、委縮して何もしなくなる」
 
その後、20人ほどいる部下一人一人に対する愚痴ボヤキのオンパレード。2~3人の「あいつらはできる」部下以外はけちょんけちょんで、彼にかかると良いところなし。最後には、
 
「昔はもっと骨のある奴がいたんだがなぁ~」
 
最初の内は笑って聞いていたB君の顔色がどんどん変わってきます。そして遂に
 
「何言ってんだ。有望な人間を辞めさせたのはお前じゃないか!お前の下の人間がどれだけ苦しんでいるのかわかってるのか!そういう骨のない部下を作ってるのはお前だ!」
 
B君の言い分はこうです。
 
「お前の語る昔は、何でも自由にやらせてくれた社長がいた。その社風には確かに問題もあった。ルールにルーズだとか、目移りが激しいだとか・・・。そんな社風をお前が嫌って何とかしようとしているのもわかる。でもお前はやりすぎだ。ナチスのゲシュタポ以上だぞ。それでどうやって人が育つというんだ!もっと自分自身を反省しろ!」
 
これに呼応してA君も黙っていません。
 
「そのルーズの最先端がお前んとこじゃないか!だから全体が緩いんだ。お前がそんなんだから俺がちゃんとしなきゃいけないんじゃないか!」
 
どうも話を聞いていると、A君にはちょっとした嫉妬もあるようです。B君の部門の方が業績が良い。更には若くして頭角を現す者もいる。要は、A君の言う「骨のある奴」が育っているようなのです。「自分はこんなにちゃんとやってるのに、何で?」という気持ちが、より一層B君批判につながっているように感じました。
 
一通り言いたいことを言い尽くしたのか、私がいたことに気付き、気まずそうに謝る二人に、私は次のように伝えました。
 
「あなた達は本当に昔っから“ま反対”な人間だね。そしてそれぞれ力もある。だから社長は両方可愛いんだろうね。」
 
「でもよく考えて御覧。そんな力のある“ま反対”な人間が対立してしまったら、周りの人間はどうなる?自分の部下の立場になって考えてみてよ。苦しいよ、辛いよ・・・」
 
「逆に、力のある“ま反対”の人間が、同じ目的に向かって進むことができたらどうなると思う?二人には全く異なる力がある、長所がある。これを一つの目的に使うこと。」
 
「“ヤジロベー”は手が長いほど、安定する。“ま反対”の力が強ければ強いほど、離れていれば離れているほど安定する。ただしそれは、一つの目的を持った時だけに言えること。“ヤジロベー”の足は一本だから言えること。」
 
どこまでわかってくれたかは明日からの彼達の行動を見させていただくこととして、この異質の二人を両腕に持つ社長に、改めて感服した一日でした。


No.078 接点

1000nen

2011/08/01 09:00:00

 
営業に回っていて、やはり大事だと改めて感じていることに、接点の多さがあります。
 
もちろん、一回の面談でどれだけご満足をいただけるか、という観点も重要ですが、どうしてもそれだけでは不足のようです。逢っている時間がどれだけ充実していても、やはり期間が空いてしまうと、その価値はどんどん下がっていってしまう。月1回2時間半じっくり話をするのと、毎日5分話をする、いずれも総時間は一緒ですが、どうも後者の方が深い人間関係を築けるようです。
 
話は少し逸れますが、これは部下育成も同じ。月1回2時間半の指導よりも、毎日5分の立ち話の方が効果が高い。これは経験則ですが、間違いないことだと思います。
 
お客様とて一緒。如何に接点を増やすかが大事。
 
方法はいろいろありますね。もちろん毎日お会いできることが一番なのですが、なかなかそうはいかない。ならば、お手紙をしたためる、FAXやメールで情報提供する、電話でご機嫌伺いする、などなど。
 
また自分一人に限る必要もありませんね。会社として、全てのお客様に一斉にお送りできるものもあるでしょうし、また担当以外の者が接点を持つ、ということもあるかもしれません。
 
大事なことは、「いつも繋がっている」という感覚をお持ちいただくことだと思います。
 
この価値は、何も「売る」ことだけに留まりません。いや、直接的な「売る」ことよりも数倍の価値があります。接点の多さから得られる身内意識・仲間意識、いろいろな情報を提供することによって得られる信頼や報恩感情といったものから、いろいろご要望をいただけるようになる、アドバイスをしてもらえるようになる、アイディアを教えてもらえるようになる。その価値は、何物にも替え難いものです。
 
そしてその声に素直に、真摯に応えていけば、更に成長することができる、磨くことができる、より良くしていくことができる。そしてそれが更なる信頼を生む・・・
 
この善の循環の入り口が“接点”であり、入り口の多さが成長への確率の高さに比例すると思うのです。
 
結果として、売りに回らなくても、お客様が喜んで買いに来てくださる仕組みと商品ができるようになると思います。
 
接点を増やすために何ができるか、常に考え続けたいものです。
 


No.079 心力

1000nen

2011/08/08 09:00:00

 
先日、ある会社の中期経営計画発表会に参加してきました。
 
10年以上続けていらっしゃるその発表会は、もうすでに完成の域に到達されていると思われるほど素晴らしいもので、発表される社員さんの顔も、実に生き生きと、自信に満ち溢れておられました。
 
発表会の後の懇親会で、同じように招かれた他社の方々も、異口同音に賛美の言葉をお伝えになっていました。
 
その会社では、この発表会に限らず、社内研修会や成果発表会、全体会議なども有名で、毎回多くの見学者がいらっしゃるとのこと。
 
そのたびに絶賛されるようなのですが、それに対して社長様が次のように応えられたのが印象的でした。
 
「確かに当社には求心力があると思います。しかしまだ本物ではない。こういった発表会や会議に研修、または慰安旅行や運動会など、様々なイベントを行っていますが、こういう取り組みをしないと維持できない程度のものでしかないと感じているんです。」
 
多少謙遜をされているとは思いつつも、次の言葉で、現状が社長の目指されているレベルではないことが窺い知れました。
 
「求心力で維持している内はダメなんです。遠心力が働く組織にならないと・・・。そういう意味では、まだ外部に対して私と同じ影響力を及ぼす社員が育っていない。十分な遠心力が働くほどになっていないのです。」
 
確かにそのレベルを求められているのならば、まだまだかと・・・
 
更に次のように続けられました。
 
「求心力を維持するためには何かとお金がかかる。求心力はコストなんです。だからうちはまだまだ儲かってない(苦笑)。」
「それに対して遠心力はプロフィットの源泉。当社が大儲けし始めたら、遠心力が効き始めたと思ってください(爆笑)。」
 
これもまた目から鱗でした。
 
私もこれまで、「真のリーダーシップ力は自走組織を作る力だ」とお伝えしてきました。しかしそれを損益で捉えたことはありませんでした。やはりこういうところに財布を握られる方の実を伴う鋭い感覚が出るのでしょう。また一つ学ばせていただきました。
 
求心力を生み出す努力は不断に行うべき。しかしそこに満足してはいけない。外部に強い影響力を及ぼす遠心力をつけていくことを常に意識し続ける。そしてコストを掛けて獲得した求心力を、如何にプロフィットを生み出す遠心力に切り替えていくか?こういう観点で物事を見詰め直してみることも大切だと感じました。


No.080 絶対的信用

1000nen

2011/08/15 09:00:00

 
先日、ある会社(仮にA社としておきましょう)を訪ねたところ、「何とかして欲しい会社がる」との依頼を受けました。
 
A社長が助けてやって欲しいと願うB社は、元々A社長が勤めておられた会社。残念ながら二代目社長と折り合いが悪く、袂を分かつ結果となってしまいましたが、A社長は今でも先代を心から尊敬・感謝されており、B社の要望に対しては、それが如何に厳しいものであっても、何とか応えようとしておられます。
 
A社は大変厳しい状況の中でも、得意先から優先的に良い仕事をもらって、何とか利益を確保しておられます。一方でB社は業界平均を下回る業績で、大変苦しんでおられます。それも両社とも、ほぼお客様は同じです。
 
A社長から見れば原因は明らか。
・安い仕事、納期の短い仕事、難易度が高い仕事からは逃げ、自分たちの都合の良い仕事だけを取ろうとする。
・そのくせ仕事がないときには、納期も考えずに「何でも引き受ける」と言う。
・品質不良があっても言い訳ばかりで、出してくる改善策はその場しのぎであることが明確な、できそうもないことのオンパレード。レポートは立派だが、中身がない。
 
「二代目と、それにすっかり染まってしまった幹部の意識を変えない限り、あの会社に明日はない。自分を育ててくれた大切な会社。何とかしてあげたいが、私の言うことに耳を貸すような状況でない。先生から声を掛けてもらえないだろうか?」とのことでした。
 
A社長との出会いはB社で私がご指導していたことに端を発します。先代とA社長は私たちを大変買ってくださっていたのですが、残念ながら事業承継と同時に、二代目社長が連れてこられたコンサルタントとバトンタッチ。A社長独立と同時に拾われて、数年のお付き合いの後、担当変更をして、今日に至っています。
 
「B社長が私の言うことを聞いてくださるかわかりませんが、一度声は掛けてみます」とお約束をした後、好業績の理由をお聞きし、感銘を受けました。
 
ここ数年間、どこの会社も苦しい。それは元請け会社とて同じ。A社長の姿勢は、「お客様が苦しんでいるものを優先的に取り組む」というものでした。納期がない、コストが安い、難度が高い、そういったものをどんどん引き受ける。お客様と心を一つにして取り組む。
 
ただただ「お客様のために」と取り組んできたその姿勢によって、結果として圧倒的な信頼を得られる。そして今では、儲かる仕事が出たら、どこにも出さずに、いの一番にA社に持ち込まれる。そういう関係を構築されてきたのだそうです。
 
一方で、そういう仕事は社員を鍛えることができる。「たぶん今の当社の技術レベルは、業界トップクラスといっても過言ではないと思います。」大変控えめなA社長が、目力を込めて発せられたこの一言が、全てを物語っていると感じました。
 
しかし「そんなのは昔の話。今はそんな情けや義理人情は働かない。あれはあれ、これはこれ、という担当ばかり。世知辛い世の中になりました。」という話もよく聞きます。そのことをお伝えすると、
 
「そういう気持ちだから、そういう会社としか付き合えないんです。」
 
と極めて明確な回答が返ってきました。私は唸るしかありませんでした。
 
大変時間のかかる取り組みだとは思いますが、商いというものの本質を改めて教えていただいたような気がします。今から始めれば、3年後には花開くかもしれません。始めなければ3年後はない・・・そういう覚悟で、どうしたら“絶対的信用”を得ることができるか、考えてみる必要があるように感じるお話でした。
 


No.081 器

1000nen

2011/08/22 09:00:00

 
安定的に成長し続けている企業の一つの特徴に、「いろんなタイプの人材が共存している」ということがあります。
 
もちろん、理念やビジョンといったものは共有されていないといけませんが、個性なり、能力なりといったものについては全く異質のものを持った者が共存している企業、そういう企業が安定的成長を実現されています。
 
一時に急成長を実現し、気付いたらなくなっていた、といった企業では、全く逆の状態。金太郎飴のように、どこを切っても同じタイプ人材しかいない。確かにその状態は、一つの目的に対して、同一条件下であれば強烈なパワーを発揮するものの、条件が変わった途端に全く機能しなくなる、そういうことだと思います。
 
一方で、あくまでも私の経験則で企業の一つの壁に「従業員数20名」が挙げられますが、この壁を破れるかどうかも、異質を受け入れることができるかどうかにかかっているように思います。20名の壁を破るには、異質を受け入れる器創りが必須条件なのだと・・・
 
一つの組織に異質が共存するということは、当然にして揉め事も多い。衝突もしょっちゅうある。トップとしては余り居心地が良いものではありません。また、何かにつけて調整を求められるが、どのような解であっても片方には不満が残る。それが調整能力のなさと思われはしないかと、憂鬱な気持ちになる。
 
異質の共存には、実に様々な障害があるのですが、その価値も実に大きい。いろんなシチュエーションに対応できるし、これまで考えられなかったような可能性も見えてくる。自分と同じ金太郎飴のような社員からは生み出されることは決してないものが創出される。少し考えるだけでもその価値の大きさは想像に難くありませんね。
 
この異質をまとめるためには、やはりトップの人間力が必要です。その人間力の根底には、やはり理念の明確化と徹底した率先垂範が必要。
 
そしてもう一つ、異質を受け入れるために必要なのが諦観。「人事を尽くして天命を待つ」的な諦めの境地、といったもの。これについてはまたどこかでお伝えしたいと思います。
 
さて、理念という山を登るのであれば、どのルートから登っても良い訳で、一つのルートがダメだったらそこから新しいルートを探す、というより、いろんなルートをトライして一日も早く登頂する、という方がやはり安定的成長につながるのだろうと思います。
 
これも経験則ですが、異質を受け入れることができている経営者は、どちらかといえば創業者に多いように思います。もちろん20名の壁を越えた方に限りますが。
 
逆に、後継者の方には、その会社の規模の如何を問わず、金太郎飴を求める方が多いように思います。
 
自分がいずれのタイプか一度振り返っていただき、是非異質を受け入れる器創りをしていっていただきたいと思います。


No.082 事始め

1000nen

2011/08/29 09:00:00

 
先日、「我が意を得たり!」と思わず大きく頷いてしまった文章に出会いました。日本経済新聞夕刊の「あすへの話題」に連載されている囲碁棋士の小林千寿さんの「事始め」というコラムです。
(小林千寿さんのプロフィールはこちらから
→http://www.nihonkiin.or.jp/player/htm/ki000165.htm)
 
抜粋してご紹介します。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 私は父の手ほどきで4歳半の時に碁を習い始めた。
 
大正11年生まれの父は、小さい時にその父親から碁の手ほどきを受け、横浜の大学に通い始めたころに「プロ棋士になりたい」と願った。機会を得て、さるプロ棋士に相談すると「アマとしてはとても強いが、プロ棋士を目指すには遅い」と言われた。(中略)
 
 父の経験から、幼いころから習い始めなければ、間に合わない芸事があることを痛切に感じていた。(中略)
 
 結局、親がある程度の知識が無いと4歳くらいの子供に何かを学ばせるのは難しいことに気づき、両親の趣味の中で一番レベルの高かった「碁」が選ばれた。(中略)
 
 習い始めに松本市の四柱神社のお祓いを受けさせ、神社の中で碁盤に石を初めて置くセレモニーを施した。何とも仰々しい始まりだが、それだけ教育熱心だったことが分かる。
 
 そして、それから2年後、小学校入学と同時に当時、平塚市に住んでいた木谷実九段に内弟子として入門することになる。
 
 習い事を早く始め、そして早い時期に「その道のプロへ入門」。子供の「事始め」として、これほど素晴らしい環境をつくってくれた両親に感謝している。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
いかがでしたか?私はまさに後継者教育に通ずる、とても重要な話だと思います。
 
最終的には「継がない」という選択肢もあるかもしれません。しかし「継ぐ」という選択をしたとき、いつからその準備を始めたかによって、ものの成就の仕方は違ってくるもの。そのことをよくよく認識していただきたいのです。
 
またここに登場する「木谷実九段」に該当する方はどなただと思いますか?私はそれが“先代”(もしかするとまだ現役かもしれませんね)だと確信しています。
 
更には、経営者の家に生まれた子は、4歳半と言わず、生まれたその瞬間から「事始め」ができる、それも重要な観点です。
 
そして、セレモニーもとても大切です。
 
いずれにしても、後継者教育としてとても大切なエッセンスが詰まった文章だと思います。是非、ご自身にあてはめながら読み返していただければと思います。
 
お子様やお孫さんが立派な経営者となられることを、衷心よりお祈りしつつ・・・


No.083 常識

1000nen

2011/09/05 09:00:00

 
厳しい経営環境の中でも業績を上げておられる会社のトップの方々にお話をお伺い致しますと、全く「常識」というものがあてにならないものだと痛感させられます。いや逆に、常識を打ち破った会社にしか、本物の成長というものが与えられないものだと思います。
 
9月2日(金)にお邪魔したお会社で目から鱗のお話をお伺いし、「来週のコラムではぜひ常識というテーマで書いてみたい」と思ったのですが、如何せん企業戦略そのものに関わることであったため、具体的なことを書くことができずに頭を悩ませていたところ、日曜日(9月4日)の朝、たまたま付けたテレビの特集で、まさに「常識破り」の事例が紹介されていましたので、こちらで説明させていただきたいと思います。
 
・1000円以上のカボチャや10個800円の卵が飛ぶように売れる。
・僅か50戸の生産者だけで年商7億円を誇る。
 
と聴いて、皆さんはどう思われますか?
 
日曜日の朝8:25から放送されている「サキどり↑」の9月4日、「品質で売れば農業が変わる 産直市場の挑戦」で紹介されていたのは、年間30万人が来店するという産直「みずほの村市場(茨城県つくば市http://www.mizuhonomuraichiba.com/)」。
 
「自分の作った農産物に、自分で価格がつけられない。やる気はあっても農業だけでは食べていけない。このままでは日本の農業は駄目になってしまう」(代表・長谷川久夫氏が書かれた著書「みずほの村市場の挑戦~直売所が農村を変える」紹介文より)
 
そのような思いの下、1990年「農業者の自己責任と自己主張の場」として設立された農産物直売所「みずほの村市場」は、まさに現在の農業の常識を覆すものでした(具体的な取り組み内容はHPをご覧下さい)。
 
また長谷川氏は
「自分で本当に良いもの、おいしいもの、欲しいものを探そうとせず、ただただ与えられたもの(住居地で売られているもの)を食べている消費者は消費者とは言えない。家畜かペットだ」
と、消費者にも手厳しい。それだけ提供しているものに対する自信があるということの表れなのでしょう。耳は痛いながらも、納得させられる一言でした。
 
今日この時の「常識」は、昔の「常識」とも、将来の「常識」とも違っています。
もしかすると、隣にいる人の「常識」とも違っています。
だからこそ、まず今自分が「常識だ!」と思っていることそのものを疑ってみることが大切です。
 
そして、「今の常識」を打ち破ったところにこそ、発展・成長の世界が打ち開かれているものだと認識する必要があるのだと思います。
 
自らが「そんなの常識だ!」と感じたら、自ら発展・成長を阻害していないか疑ってみる、そういう姿勢が大切なのだと思います。
 
「自分で値付けができないから、自分が作りたいものが作れない。バイヤーが勝手につけた売値に合った品質のものしか作れない。自分が作りたいものを、自分が売りたい値段で売る。それを実現する場を作っているだけです。ただその世界は、言われたものを、言われた値段で、言われたまま作っているよりも本当は苦しい。その苦しみの先に本当の喜びがある。」(長谷川代表の言葉を私なりに解釈して)
 
千年企業とは、そういう姿勢を代々持ち続けてきた企業であるのだと思います。


No.084 学び

1000nen

2011/09/12 09:00:00

 
先週の木・金曜日、「NN構想の会全国大会」なるものに参加してきました。NN構想の会とは「新しい時代のパラダイムに貢献できる日本の礎を構築するために、会計業界のフロンティア集団を目指す」こと基本理念とした会計人の団体で、会計人を中心として組織された11の研究団体によって構成されています。(http://www.nnk.gr.jp/)
 
私は初参加だったのですが、この大会、既に12回目を迎えられており、先進事務所の中では周知のもので、今回も400名を超える会計人が参加しておられました。東日本大震災に見舞われた地域からも数多く参加されており、改めて学ぶことの大切さを感じました。
 
またその内容も、非常に広範囲にわたっており、示唆に富むものばかりでしたので、今回は「千年経営」をキーワードとして、参考になるものをピックアップしてご紹介したいと思います。(カッコ内は発言者。未記載の場合は、複数の方が仰っていた内容を組み合わせた内容のまとめ、ないしは格言)
 
・マーケティングとは「外部の視点を徹底すること」、イノベーションとは「過去への感謝と未来に対する責任(未来と現状とのバランスを考えて)」
 
・17世紀以降の現代文明は物質エネルギー究明の文明。素晴らしいが原理がお金になったことによって、夢を与えることができなくなったばかりか、東京電力のように経済効率を最優先し、天の怒りを買うものも出て来た。21世紀は生命文明、生きとし生けるものの命が最優先される文明にしていかなければならない。
(国際日本文化研究センター教授・安田喜憲氏)
 
・「なよ竹の風にまかする身ながらもたわまぬ節はありとこそ聞け」
(戊辰戦争で自決した西郷頼母の妻千重子の辞世の歌)
 
・お客様は常に新しいものを求める。求め尽くすと不安になる。この潜在化したニーズに気付いてもらうことができないと欲求は生じない。未来の不安を解決するサービスが求められる、永続して成長する会社は「常に新しい機会を創出」し「正しいことを続ける」ことができる会社。
(法政大学大学院政策創造研究科客員教授・福島正氏)
 
・マーケティングとは、自ら提供する商品・サービスのドメインを特定し、商品・サービスを顧客ニーズに如何に提供するかを考える戦略。中小企業は商材としては良いものを持っている。「見やすい」「選びやすい」「買いやすい」がキーワード。
 
・海外では日本の中小企業を「隠れたチャンピオン」と呼んでいる。成熟期・衰退期に入っていると自認している会社は、海外においては業界の未来を知っている会社。日本での成熟・衰退産業は、海外に出れば成長期。お客様からみた差別化されたポイントと、経済価値に表れているポイントを明確にすれば、国境を越えたビジネスモデルができる。海外進出とは、歴史の時間を戻すこと。
(エーアイエスビージャパン株式会社代表取締役・上原正之氏)
 
・中小企業には物語がたくさんある。選ばれている何かを明確にして、今の消費者に伝えることが大切。ブランドとは、消費者との役底の証。自分の会社を100文字、一番の商品を3つの切り口でそれぞれ75文字で説明できるようにする。中学生でもわかる言葉で・・・
(株式会社DDR代表取締役/サムライ日本プロジェクトプロデューサー・安藤竜二氏)
 
如何だったでしょうか?少しは参考になる話はありましたら幸いです。
 
私たち経営者は、常に自分自身を磨き続けなければなりません。何故ならば、私たち中小企業は、トップの器がそのまま会社の器となるからです。不断に磨き続けていきましょう!
 
最後に、お話をお伺いした方々に共通するのは「明るさ」でした。


No.085 周忌

1000nen

2011/09/19 09:00:00

 
去る9月17日、以前にこのコラムでもご紹介させていただいたことのある創業社長様の三回忌に参列してきました。もう丸二年経つのかと、感慨深いものを感じました。
 
福岡転勤前、業務の引き継ぎのためにそのお会社には何度も足を運んでいましたので、先代との思い出や受けた恩を忘れずにいられましたが、この周忌というものなしに思い続けることができたのか、と問われると、答えはNO。改めて周忌の大切さを感じました。
 
「みんなと一緒に楽しい時間を過ごすことが大好きだった」ということで、お別れの会の時でさえいろいろな趣向が凝らされていましたが、今回は、奥様をはじめ旧知の方のお話しから、私の知らなかった先代の顔をいくつか知ることができました。
 
デザインの道を進まれていたこと、大手ガスコンロメーカーに勤められていたこと、企画された製品が何度もグッドデザイン賞を取られたこと、実は奥様のお父様がやっておられた会社を継がれていたということ、自ら身を引く決意の表れとして絵描きを始められたということ、などなど。どれもこれも初めてお聞きするお話で、ただただ驚くばかりでした。
 
今回一番心に残ったのは奥様のお話し。少し遡ってお話しさせていただきます。
 
平成21年7月22日、私は先代社長から病室に呼ばれました。入院されていることさえ知らされておらず、戸惑いを隠せなかったのを今でも思い出します。胃がんに侵されておられました。そして翌日が手術の日。
 
主治医の先生曰く「生命に関わることはない」とのことだったのですが、「そうはいってもメスを入れる以上、何があるかわからないから」と今後の経営に対する方針や課題、そして相続に関わる希望などをお伝えいただいたのです。結果としてそれが遺言となってしまいました。
 
「手術が無事に成功しました」と連絡があった4日後、思わぬ知らせが届きました。「社長の様態が急変しました」・・・胃がん手術をされた方の十万人に一人発症するという、肺に水がたまる症状に罹ってしまわれたのです。すぐに移された集中治療室では、遂に一言もお話しされることはなかったそうです。私が知っているのはここまで。これ以上のことは“開かずの扉”になるだろうと思っていました。
 
今回奥様からお聞きしたのはこの8週間にも及ぶ闘病生活の内容、先代のご様子でした。
 
最初の1週間は、それこそ無念で無念で仕方がない、悔しくて悔しくて仕方がない、そんな表情をされていたそうです。そのお顔をご覧になるたびに、奥様は大変苦しい思いをされていたそうです。
 
ところが日が経つにつれ、どんどん憤怒の相が和らぎ、最後の1週間は、本当に穏やか穏やかで、逆に残される者を労わるような表情をされるようになったのだそうです。そしてその日は、仏様のような一番の穏やかな笑顔を残して旅立たれたのだそうです。
 
私はこの話を聴いて、様々な思いが巡りました。そして「先代はきっとこんな思いだったに違いない」との確信も得ています。しかしそれを言葉にすることはできません。私が口にした瞬間に、真実から離れていってしまうような気がします。皆さんには是非ご自身でこの変化の意味を感じ取っていただければと思います。
 
一つだけ言えることは、譲る者・継ぐ者双方が、この笑顔の意味をお互いが元気な内に分かり合い、受け入れ合うことができたのならば、つまらない争いや遠慮、物別れなどあるはずがない、ということ。
 
今回の話を通じて私は、まず笑顔を残せるような人生を送りたい、と痛切に感じました。そして何よりいろいろなものを残してくれた人たちへの恩を忘れまい、と。
 
悲しむためでも懐かしむためでもなく、受けた恩を忘れないために、そしてその恩を次代につなげていくために、周忌というものを大切にしたいと感じた一日でした。
 
 


No.086 存続

1000nen

2011/09/26 09:00:00

 
「事業承継の王道」というテーマで連載させていただいている雑誌「ニュートップリーダー」の日本実業出版・酒井俊宏編集長から、先日、次のような企画の取材を受けました。
 
企画タイトル「 “突然に継いだ”トップが語る事業承継で躓かない法」
 
「その重要性は重々承知していながらもトップ自身、「まだ先のこと」と考え、日々の事業運営に追われて準備を怠りがちなのが事業承継である。ここではトップの急逝や病などで「突然に」継がざるを得なかった後継者に取材。その体験をもとに事業承継に必要な備えを語ってもらい、同族・非同族のいかんを問わず、知っておきたい教訓を浮き彫りにする。」
 
今回の取材は、この企画の解説部分。なかなか重いテーマではありましたが、私の思っているところをお話しさせていただきました。
 
その際、酒井編集長からも実に興味深いお話をお聞きしました。今回はその内容をお伝えしたいと思います。
 
被災地の実情を把握するために、東北の企業を訪ねられたのだそうです。その被害の甚大さに言葉を失われたとのこと。ただその中で復旧に向けて逞しく立居振る舞う方々に勇気をいただいたともいわれます。
 
今回お伝えしたい内容とは、事業承継に関わる顕著な傾向。それは、
 
「親族に後継者がいない企業は廃業を、いる企業は存続を志向する」
 
というもの。
 
特に興味深かったのは、いずれのケースでも現経営者は廃業を考えるのだけれども、親族、特に実子たちが男女を問わず、年齢を問わず、現経営者を勇気づけ、存続を決めるという姿が多くみられたのだそうです。
 
私たちはこの意味を深く考えなければならないと思います。
 
その理由の一端だと思うことを、たまたま「ニュートップリーダー」の10月号に書かせていただいております。是非ご一読いただければと思います。
 
また今回の取材原稿は、来月末に発行される11月号に掲載されます。お楽しみに。


No.087 十四代目

1000nen

2011/10/03 09:00:00

 
先週の土曜日、千年経営研究会にて会社見学に行ってきました。有田焼で有名な香蘭社さんです。
http://www.koransha.co.jp/ 
香蘭社さんは1689年創業で、現社長・深川紀幸さんは十四代目。弟の祐次氏との兄弟経営で陶磁器工芸品、碍子、ファインセラミックスの三本柱による盤石な経営を実現されています。
 
今回は紀幸社長にわざわざ時間を割いていただき、千年経営会メンバー14名でいろいろとお話をお伺いしました。まだきちんと整理された状態ではありませんが、少しだけポイントをお伝えします。
 
・淘汰される会社は、技術をきちんと継承していないし、進歩もしていない。安易な方に、安易な方にと流れていく。そして戻れなくなる。
 
・待っていては取り残される。いろんなことを提案していかなければいけない。目まぐるしく変わる現代では、「真っ先に行く」という意識が大切。人に左右されることのない状態を常に作り続ける。失敗も、自分がやったことなら納得できる。
 
・ここまで続けてこられたのは、「守っていかなければならない」という気持ち。会社には必ず事件が起こる。その時に本筋に戻しながらクリアしていくしかない。失敗をして、限界を知って、次の10年を考える。次の10年、次の10年とやってきた。
 
・本業から外れるとろくなことはない。きちんと自分の仕事をして、一つ一つの事業で利益が出るようにすることが大切。そして自分たちに見合った売上を常に意識する。
 
・後を継ぐことに疑問を感じたことはない。「なって当然」と思っていた。ただなったからには自分のやりたいことがやりたい、そう強く思い続けてきた。
 
・兄弟経営ほど良いものはない。兄弟ほど気心の知れた人間はいない。一番信頼を置ける人間。個性も違うから、お互い足りないものを補い合えて良い。
 
如何だったでしょうか。1時間ほどのお時間でしたが、実に充実した素晴らしい時間を過ごさせていただきました。
 
今回お話をお聞きしながら、私がニュートップリーダー「事業承継の王道」(日本実業出版社http://www.njh.co.jp/magazine/0202/)で書かせていただいている内容に間違いがなかったと、少し安心しました。
 
322年続く会社から、また一つ大きな学びを得ることができました。


No.088 能力コンテスト

1000nen

2011/10/10 09:00:00

 
去る10月5日、平成19年に他界した当ネットワークの創業者・佐藤澄男のお墓参りに行ってきました。「もう4年も経つのか」とその時の流れの速さに感慨深いものがありました。そして残してくれたものの大きさが思い起こされ、感謝の気持ちを新たにすることができました。
 
さて当日は、「能力コンテスト」なる行事がありました。これは当ネットワークが昭和63年から佐藤逝去の前年まで続けられていたものの、その後、様々な理由があって途絶えてしまっていたものです。
 
今回、当ネットワークが今年設立45周年であることもあり、記念行事として再開することができました。
 
この「能力コンテスト」は、他部門の仲間たちが日ごろどういう取り組みをしているのかを知り、自分たちの仕事に何か取り入れるべきことはないか、学ぶことはないか、協力できることはないか、などを考える機会として、また原稿をまとめ、言いたいことが伝わるようにと資料を作り、熱意を持って人前で話をする、という取り組みを通じて、一口に言えばプレゼンテーション能力の向上を図っていこうとするものです。
 
具体的には、「部門連携」「新商品開発」「業務改善」に関するテーマで、実際に取り組んでいる内容を簡単なエントリーシートにまとめて応募。その中から一次選考(マネージャー推薦)、二次選考(役員選考)を経て8組が選ばれ本選出場。その8組が15分間のプレゼンテーションタイムの中で自分たちの取り組みを発表し、聴講した全社員の評価と、審査員である役員の評価を合算して、金賞・銀賞・銅賞の三賞が選ばれるというものです。
 
4年ぶりということもあってか、温められていた素晴らしい取り組み内容が提出され、本来8組のところ、絞り込むことができずに9組。本選でも三賞しか用意していなかったところ、急遽2組に特別賞が与えられるなど、「能力コンテスト」が大好きだった創業者が間違いなく大喜びする充実した一日となりました。
 
この結果を踏まえ、とりあえず再来年にもう一度開催してみることを検討中です。1年、間を開けるのは、やはり具体的な成果を上げるには2年はかかるだろうとの判断からです。実際、中断される直前には少しマンネリ化もしてきており、発表内容も目新しいものが少なくなってきていたのも事実です。続けるには、程よい間隔というものも必要なのだと思います。
 
この「能力コンテスト」、当初の目的通り、社員の融和と理解、そして能力向上に資するとても良い取り組みだと思います。皆さんも実施のご検討をいただいては如何でしょうか?


No.089 守る

1000nen

2011/10/17 09:00:00

 
先日、私が大好きだった和食屋さんが店じまいをしました。決して業績が悪かった訳ではなかったそうですが、私と同じ歳の大将一人でやっていたお店で、尚且つ、月1回しか休まなかった彼。「このまま続けていける自信がなくなった」というのがその理由でした。
 
確かにこれまで彼を見ていて「大丈夫かなぁ」と思っていた一人なので、その理由にはうなずけたのですが、ほかに道はなかったのかと、やめる決断をする前に相談してもらえなかった一抹のさみしさを感じながら、名古屋にいる間、できる限り顔を出しました。これからおいしい魚をどこで食べたら良いのかと思案しつつ・・・
 
今回は原因が異なりましたが、業績不振で店じまいするのも何店か見てきました。それぞれのお店でその理由は様々ですが、やはり自分が気に入っていた店がなくなるのは寂しいものです。
 
先週の土曜日、東京・神楽坂の料亭「幸本」で行われた「幸本会」というイベントに参加してきました。芸者さんの踊りを見ながらおいしいお食事をいただくという、ちょっと贅沢な企画です。初めての参加でしたが、なかなか味わいのある良い企画だと、素直に感じました。
 
神楽坂に限らず、多くの花街は、かの大震災でほとんどの予約がなくなってしまったそうです。要するに売上がゼロに近い状態が何日も続いたとのこと。常連さんによれば「あれでだいぶ淘汰された」とのこと。「今でも残っているということはすごい」ことなのだそうです。
 
外的要因がなくとも淘汰されていく店、未曽有の危機があっても生き残る店。いったい何が違っているのでしょうか?
 
一番の違いは、「店を守るお客様」の存在ではないかと思います。「この店をなくしてはいけない」と強く念ずるお客様がいるかいないか・・・その一点であるように思います。「幸本会」に参加されていたお客様の顔つきが、それを教えてくださいました。
 
自分が気に入った店は自分が守る。お客様の立場でいえば、そういう気概のようなものが大切なのだと思います。
 
逆に言えば、お客様からそのように感じていただける会社を作る、それが私たちの役割であると確信致しました。


No.090 二代目

1000nen

2011/10/24 09:00:00

 
先日、ある会合で出会った58歳になられる二代目社長様とお食事する機会がありました。
お酒も入って、お互い口が軽やかになってきた頃、その社長様の口から
 
「二代目の役割は橋渡し」
 
との話が出てきました。ご自身の役割をそう達観されているその社長様のお考えは、次のようなものでした。
 
「初代は、自らの力で新たな道を切り開いてきた。良くも悪くもそれが絶対だし、抗う術もない。」
「一方で、本人は継いだ経験も、もちろん継がせた経験もないのだから、事業承継など、考えもしない。結局私が継いだのも、親父が76歳で急逝したから。もし今も生きていたら、今でも社長をし続けているだろう。」
「だから自分が継いだのは50過ぎ。自分の代で何かするには時間が短すぎる。守ることが精一杯。だから継いだ時から、どう息子に譲っていくかだけを考えている。」
「自分の経験からいえば、遅くとも息子が40歳くらいまでには継がせたい。気力・体力ともに充実し、また自分が後見してやるためにはそれくらいがベストだと思う。」
「継いでから5年。やっと会社とは何か、社長とは何かが分かってきたところ。でも残された時間は後5~7年。もう折り返し地点。本当に橋渡しすることくらいしかできない。」
「鎌倉にしろ、足利にしろ、徳川にしろ、二代将軍の名前、言えますか?そう、二代目はそういう立場。でも二代目がちゃんと育てたから、三代目が輝く。息子に立派な三代目になってもらう、それが私の唯一無二の願い。」
 
盃を傾けながら、でも一つ一つの言葉を選ぶようにして自らの決意を語られるその姿に、感動すら覚えました。
 
また、次のようにも仰いました。
 
「息子には迷惑を掛けたくないと思っている。しかし掛けない訳がない。だからこそ、してやれることのすべてをしないと後悔する。」
 
譲る者の覚悟のありようを教えていただいたような気がしました。


No.091 上がり感

1000nen

2011/10/31 09:00:00

 
三十代、四十代の創業社長とお会いして、時たま感じるものがあります。それは「上がり感」。ここでいう「上がり」とは、すごろくなどでゴールした時の、あの「上がり」です。
 
若くして独立し、裸一貫でがむしゃらに突っ走ってきた十数年。気付けば、そこそこのお金も手に入り、幸せな家庭も持つことができた。若かりし頃に描いた夢には程遠いけれども、同年輩と比較しても、決してひけはとらないと感じられる。そんな方々が発する独特なオーラ、それが「上がり感」です。
 
その方々とお話ししていると、顔はもちろん年相応ながら、発する言葉は好々爺。お子様の話が、お孫さんのことかと勘違いするほど、穏やかな空気が流れます。
 
時々「こんなことではいけないとは思うのですが・・・」といった趣旨の言葉も聞かれますが、決して積極的に変えていこうという意思は感じられません。
 
私は、ある意味仕方がないことかな、と思っています。24時間365日、休むことなく働き続けてこられたでしょう。夜逃げの恐怖にさらされたこともあったでしょう。やりたいことがあっても我慢して、商いに没頭されてこられたのでしょう。そんな彼の人生を慮った時、とても「それではいけません」とは言い切ることはできません。
 
しかし一方で、同じ状況にありながら夢を追い続けている人がいる。その方々との違いは何なのでしょうか?
 
一つに「初心」があると思います。「何のためにその仕事を始めたのか?」
 
「上がり感」を感じる方のお話をお聞きすると、どうも今の商いに対する「初心」が明確ではないように思うのです。「食っていくため」「一旗揚げるため」「○○を見返してやるため」「たまたま最初についた職だったから」など、起業の理由は様々ですが「商売は何でもよかった」
 
私はこれも決して悪くはないと思うのです。ただ、十数年その仕事に携わってきて、今でも同じ状態であることは大問題だと思います。初心はいつでも持つことができる。「何のためにこの仕事をするのか?」この問いに明確な答えを持つこと、大切だと思います。
 
第二に「感謝心」
 
大変苦労されてきたのはわかるけれども、決してご自身だけの力でここまで来たわけではない。いろいろな方々の支えがあって今がある。その感謝の気持ちから発する「○○のため」が、彼らからは感じられない。
 
これは大問題で、特に社員さんの顔を見ると、助けを求める難民に見えてきます。
 
第三に、「後継者」。彼らは一様に「子供は自分の好きなことをすればよい」と仰ります。「じゃあ、この会社の後継者はどうするのですか?」とお尋ねすると、明確な答えがない。
 
夢を追い続けている人が誰しも後継者を明確にしているとは限りませんが、少なくとも後継者を明確にされている人、特にそれがご子息である場合、「上がり感」を発する方を見たことがありません。
 
「生業(なりわい)」を真の「企業」にすることができるか?どうもこのあたりに答えがあるような気がします。


No.092 変革

1000nen

2011/11/07 09:00:00

 
明日(11月8日)、当社が主催するMBC(名南ビジネスカレッジ)で、「経済新聞の読み方」なる講座の講師を務めさせていただくことになっています。開講以来、多くの方にご参加いただいている人気講座で、今回も満員御礼の申込をいただいていると聞いています。
 
この講座は、日本経済新聞の読み方を解説しているもので、その中で、実際に私が取り組んでいる内容をご紹介しています。
 
そのうちの一つに、トヨタ自動車に関する情報は、どんなに些細なものであっても必ず切抜き、週に1回、その内容を書きとめる、というものがあります。別にトヨタ自動車でなくてもよいのですが、一つのことに精通すると万事に通じる、といった意味の諺があります(すみません、正しい表現を忘れてしまいました)が、それと一緒で、何か一つのテーマで情報を拾っていくと、いろんなものが見えてくるものです。私の場合、たまたま自動車部品メーカーのお客様が多かったので、トヨタ自動車となっただけ・・・
 
面白いもので、トヨタ自動車1社を追いかけていきますと、TPPのことも、円高のことも、タイの洪水のことも、電力事情のことも、ありとあらゆる情報が入ってきます。まさに「万事に通じ」ます。
 
「週1回、その内容を書き留める」と書きましたが、実は福岡転勤以来、すっかりおさぼりしていまして、切り抜きはしていたものの、書き留めることをしていませんでしたので、昨日、あわててメモを取ることになりました。
 
4か月ため込んだものを書き写している内に、トヨタという会社は本当に「変革」に果敢に取り組んでいる会社だということに気づきます。その取り組み内容に賛否両論あることは承知していますが、それでもその取り組みは、実に凄いものだと感じます。
 
とりあえず7月分を抜粋してみましょう。
 
7/13 東証一部上場のトヨタ車体、関東自動車工業を完全子会社化。国内生産300万台  体制維持のための経営効率化。
7/15 プリウスα駆け込み増産。月間販売目標3,000台に対し、発売から1か月で52,000台受注。エコカー減税廃止前の納車目指し、月産13,000台体制に。
7/15 東北初のエンジン工場建設へ。物流費、中間在庫削減へ。東北での小型車の基幹部品から完成車まで一貫体制構築。
7/16 来年1月から電子手形導入。紛失・偽造リスク低減と印紙代など削減へ。取引先も受取と同時に現金化や小口分割しての譲渡も可能に。
7/19 震災復興支援策発表。地元での部品調達率8割、震災孤児・遺児を支える育英基金などの3億円寄付、企業内訓練校設立、工場内に消費電力の9割まかなう自家発電装置設置など。
7/20 ベネッセ主催の全国小学生「未来」つくりコンクールに協賛。実験セットや参考書を無償提供。環境部門でネッツ賞設立。
7/27 トヨタ車体のみで生産のノア・ヴォクシーを本社でも生産へ。需給動向に応じた柔軟な生産体制構築。
 
少し割愛しましたが、7月だけでも、また新聞に公開されているだけでもこれだけの変革をしている。8月にはフォードとの提携、9月には中国でのハイブリッド基幹部品の現地生産、10月にはインドから南アフリカの輸出、ルマン24時間耐久レースへの参加、アメリカ生産車を韓国に輸出、介護・医療向けロボット開発となど、実に様々な取り組みをされています。
 
「それは大企業だから」とか「お金があるから」との声が聞こえてきそうですが、私にはそうとも思えません。不断に改革しようという姿勢そのものが大切だと思います。大企業でさえこれだけの努力をしている。我々中小企業が手をこまねいている訳にはいかない、私はそう感じてなりません。
 
変革こそが企業が生き残り、成長発展していくための唯一の道、そう肚括りし、不断に実践していくことが大切なのだと思います。


No.093 後見

1000nen

2011/11/14 09:00:00

 
先日お伺いした会計事務所での話。
 
「実質的NO2」と紹介されたTさんは42歳。高校卒業後、すぐに地元の会計事務所に就職。36歳で独立されたという今年71歳の所長先生も高卒で、「よく気持ちが分かってくれる」その先生の下、お勤め期間は23年に及びます。
 
彼は就職以来、先生の恩に報いようと、できる限りのことを精一杯してこられました。その姿勢は全職員の信頼を集め、職員さんは常に彼の姿を見ながら仕事をしておられるとのことでした。
 
一方でお話を伺いする内に、先々週のコラムで書かせていただいた「上がり感」を彼にも感じました。彼は税理士の資格を持っていませんから、この先資格を取ることなくこの事務所に勤める以上、最上位は「NO2」。その位に若くして就いてしまった彼が、「上がり感」を醸し出すのも、ある意味仕方がないことかもしれません。
 
また、いくつかの事業を立ち上げてきた彼にとって、「次何かやる時は、次世代の人間に任せたい」と思うのも無理もなく、それが「上がり感」につながっているのだろうと感じました。
 
その彼が研修終了後の懇親会の終わり際、「次世代を担う最右翼」というK君がいるにも関わらず、次のような発言をなさいました。
 
「私が世話になったのは先生。先生が引退されたら私も辞める」
 
驚くK君を横目に、どれだけ先生からお世話になったか、そのためにどれほどの努力をして来られたのかをとつとつとお話になりました。
 
「だから、先生が引退されたら私の役割は終わりなんです。」
 
そういうTさんに私は次のように切り返しました。
 
「お世話になった方に直接できるご恩返しなど知れています。お世話になった方へのご恩返しは、後継者を守り、支え、育てることだと思います。だって、後継者がちゃんとやっていくことができるか、それが先生にとって一番心配で、不安で、心残りなことではないですか?その後継者を、自分が一番信頼している人間が守ってくれる、支えてくれる、育ててくれる。これ以上の恩返しはないと思います。」
 
この言葉を聞いたTさんは憑き物が取れたような明るい顔になり、握手を求め、私の手を強く握りしめられました。言葉はありませんでした。言葉はありませんでしたが、彼の決意は良くわかりました。
 
先生には36歳の娘さんがおられ、その方が後継者です。Tさんはきっと立派な後見役としての役割を果たされ、真のご恩返しを実践されるものと確信致します。
 
そんな幹部を育てる。これが経営者が時代に残せる最高のプレゼントであるように思います。


No.094 感性

1000nen

2011/11/21 09:00:00

 
先日「相談がある」と、ある会社の人事部長Aさんがご来社になりました。
 
5年ほど前、大手部品メーカーの教育責任者から転職されてきたAさんは、開口一番、「うちの社員は感性が悪い」と、社員の足りない部分を昏々とお話になりました。最初の内は黙って聞いていましたが、延々と続きそうなその愚痴ボヤキが聴くに堪えなくなり、途中遮って、次のようにお話ししました。
 
「感性は磨かれるものです。」
「元来我々中小企業には、元々感性に優れた者が入ってくることなど、よほどのことがない限りありません。だから中小企業では、人は育てるしかないのです。」
「鉄は自然の中では二酸化鉄。使い物にはなりません。しかし鍛え、磨いていけば、見事な光を放つようになります。それこそが中小企業の経営者の務めだと思います。」
 
「なるほど!いやぁ~、感激しました!」と仰ったその後、「でも・・・」と発した彼はまた「それでもうちの社員は・・・」と続けられます。
 
実は、この会社を退職された方が当社のお客様のところに転職されており、過日、転職先でばったりお会いしていました。彼もまた、件のAさんの悪口を散々と・・・
 
人間というものは本当に鏡なんだなぁ、と実感した次第です。
 
閑話休題
 
ある程度のところでまた話を止めて、Aさんの考える感性とはどのようなものかを尋ねました。ここは気をつけておかなければならないことですが、“感性”なるものは、大概において人によって定義が異なっているからです。
 
彼の言う“感性”とは、「自ら積極的に行動すること」「思いやりのある行動をすること」のようでした。
 
「人事部長として社長があなたに期待されているのは、社員に対する愚痴ボヤキをいうことではなく、そのような“感性”のない社員を指導することではないのですか」とたしなめた上で、次のようなアドバイスをしました。
 
・魅力的なキャンパスがあれば、人は自ずと積極的な行動を始める。積極的な行動を導き出すために、今何が不足しているのか?何が必要なのか?を考える。
・思いやりの行動は、満足度のバロメーター。満足した社員は自ずと思いやりのある行動を始める。思いやりのある行動を導き出すために、今何が不足しているのか?何が必要なのか?を考える。
 
「なるほど・・・」との反応の後に、今度は社長への愚痴ボヤキが始まりました。どうも改善には少々時間が掛かりそうです・・・
 
 


No.095 復活

1000nen

2011/11/28 09:00:00

 
先日、当社が主催したセミナーで講師をお願いした株式会社 日本M&Aセンター 取締役 大山敬義さんから、次のようなお話をお伺いしました。
 
今回の東日本大震災は1000年前の貞観大地震の再来と言われていますが、その前後には、
  863年7月10日 越中・越後地震 - 死者多数
  864年5月2日 富士山大噴火(貞観噴火)その溶岩流の後が現在の青木ヶ原樹海
  868年8月3日 播磨・山城地震 - M 7台。
  869年7月13日 貞観大地震 - M 8.3~8.6 三陸の津波で死者約1,000人。多賀城倒壊
  871年4月8日 鳥海山大噴火
  874年3月4日 薩摩開闢岳噴火
  878年10月28日 相模・武蔵地震 - M 7.4、死者多数。
  880年10月14日 出雲地震 負傷者多数
  886年5月24日 関東で直下型の大地震 負傷者多数 同日新島噴火
  887年8月26日 仁和南海地震 - M 8.0~8.5、所謂東海、東南海、南海連動地震。
  915年 十和田湖大噴火 記録に残る日本最大の大噴火で北東北はほぼ壊滅
  (以上、大山さんのブログより抜粋http://blog.livedoor.jp/archon_x/)
と、M7以上の大地震が7回、火山の大噴火が5回も起こっているとのこと。
 
ところが、中学校の歴史の教科書には「894年 遣唐使の廃止」としか書かれていないのだとか・・・。
 
「つまり日本人にとってはこれほどの天変地変も歴史的に見ればたいした事件ではなく、遣唐使廃止のほうがよっぽど大事件なんですね。」
 
一方アメリカでは、マグニチュード5.8の地震や中心気圧952ヘクトパスカル程度のハリケーンで、オバマ大統領も緊急会見するほどの大パニック。日本では日常茶飯事程度の規模なのに、ですよね。
 
それだけ私たちは非常に厳しい環境の中で、当たり前に生きているということ。そして世界に類を見ない大災害に何度も何度も、繰り返し繰り返し見舞われているにもかかわらず、こうして立派に生き抜いてきたということ。改めて記憶に留めておかなければならないと思います。
 
この素晴らしい国を残してくれた祖先、先達に心から感謝し、如何なる困難に遭遇しようとも、今日一日を精一杯生き抜いていこうと肚決めできたお話でした。
 
※大山さんのブログは本当に面白いです。是非ご覧になってください!


No.096 コミュニケーション

1000nen

2011/12/05 09:00:00

 
 先週の金曜日、私ども名南コンサルティングネットワークの忘年会が開催されました。300名近い社員が一同に会し、新入社員のかくし芸を見ながら爆笑の渦の中で語り合い、一年の労を互いにねぎらい合いました。
 
 年初の日本実業出版社発行「ニュートップリーダー」の巻頭特集で、次のような提言をさせていただきました。
 
「過去の常識が通用しなくなった時代、トップが自ら旗を振り、「こっちへ行くぞ!」と引っ張る体のリーダーシップは発揮しにくく、またそのことで大きな失敗をする確率も高まってきている。トップ一人の才覚に頼るのではなく、個々の社員のやる気と能力を最大限に引き出し、現場で社員が感じて吸い上げてくる、些細な変化や顧客の要望に注意を払い、社内の叡智を結集して皆でベクトル合わせをしていく経営が求められている。」
 
 そしてそのような時代に求められるリーダー像として
(1)親としての自覚がある
(2)コミュニケーションを重視している
(3)結果に対して貪欲である
(4)理念やビジョンを持ち、示している
ことが大切であるとまとめました。その中でも特にコミュニケーションについては、その必要性がより高まってきている要件だと感じています。
 
 先日も二十年来お世話になっている企業から幹部向けの講演をして欲しいとの依頼を受け、現在の担当コンサルタントとも相談し、コミュニケーションの重要性についてお話ししてきました。
 
 詳細は別の場に譲ることして、私が最後にお話ししたのは次のような内容でした。
 
・テクニックとしてのコミュニケーションをいくら学んでもダメ。大切なのは「相手のことを知りたい」と心から願うこと。我が子であれば、どんな些細なことでも知りたくなるはず。そして「自分の想いを伝えたい」と念ずること。愛する者には、自分の想いを伝えたいと思うはず。
 
・世界の人口70億人。でも出会っているのは目の前にいる人だけ。何よりも縁が先。縁は必然、全て意味があって出会いがある。全てを受け入れ、全てを認め、全てを愛す。
 
・その心根の上に、コミュニケーションを良好にする手法を載せる。綺麗な心根の上には、綺麗なコミュニケーションの花が咲く。
 
 今から5年ほど前ですから少し古い話ですが、愛知県経営者協会がまとめた「職場活性化に何が重要か」と名付けられた調査で、「コミュニケーションを緊密にすること(65%)」「職場の一体感を醸成すること(60%)」などが挙げられていました。
 
 言われてみれば当たり前のことですが、できているかと問われると、そうでない中小企業が多いように思います。コミュニケーションは本来、双方向の意思疎通があって初めて成り立ちますが、中小企業ではトップからのワンウェイであることの方が多いのではないかと・・・
 
 当ネットワークの創業者も常々口にしておりましたが、そのような意味においても忘年会や慰安旅行、運動会など、社員全員で取り組むことができる各種イベントは、仲間意識の醸成と、その後のコミュニケーションの充実において重要な位置を占めるものだと感じています。
 
 社員手作りのこのようなイベントは、間違いなく組織の活性化にもつながります。ご検討をお勧め致します。
 
 


No.097 謙虚

1000nen

2011/12/12 09:00:00

 
謙虚な姿勢はとても大切なのですが、謙虚さも行き過ぎると、ちょっと「イラッ」とすることがあります。
 
先日もある方とお話をしていた時、「私なんか・・・」「私如きが・・・」といった言葉を、何度も何度も繰り返し出されました。最初の内は「謙虚な方だなぁ」と感心していたのですが、だんだん違和感を抱き始めました。
 
「これって、謙虚なんじゃなくって、逃げてるだけなんじゃないのだろうか?」
 
 謙虚さというベールを纏って、成長や変化から逃げている、そんな姿勢が見え隠れしたのです。その後その方は説教地獄に陥られました(冗談です)。
 
 「できない」「やれない」「無理」・・・これらの言葉は、とても楽な選択です。何もしなくてもいいのですから。
 
 逆に「できる」「やれる」「可能」という言葉を口に出すことは、自らに試練を与えることに等しい。そして、これこそが人間が変化・成長する原動力だと思うのです。
 
 先日、ブータンのワンチュク国王、ペマ王妃が来日されました。久しぶりにさわやかなニュースで、ほっとした感じを受けました。
 
 私は直接お聞きしていないのですが、そのワンチュク国王が今回演説で、次のようなお話をされたそうです。
 
「日本は技術と革新の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへの願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民。近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応は、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。日本国民の皆様は最悪な状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統及び価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。全ての国がそうでありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。」
 
 国民の97%が「幸せ」と感じている国の国王から示されたこの日本人観、如何ですか?ちょっと気恥ずかしいというか、「いやいや、それほどでも・・・」という気持ちが湧きませんでしたか?正直私は、少し恥ずかしくなりました。そう思っていただいているのに、十分そうだと言い切ることができない自分に・・・
 
 謙虚さは必要です。でもそれが自己革新から逃げ出すための方便であってはなりません。
 
 今回のワンチュク国王からの評価に、「はい、その通りです」と大風呂敷を広げ、今からそれに相応しい自分を創り、磨き、鍛えていく、そういう姿勢が大切なのだと思います。
 
 ワンチュク国王の言葉に恥じない自分になりたい。そう強く思いました。


No.098 言葉

1000nen

2011/12/19 09:00:00

 
 言葉というのは恐ろしいものです。一度口から出てしまうと、もう取り戻すことができません。ついつい言い間違えてしまったり、本心でないことを口にしてしまったとしても、取り返しがつかないのです。実(げ)に恐ろしきは「言葉」なり、です。
 
 先日もある方から、「自分の一言で、人間関係を壊してしまった」と、今後の対応を相談されました。彼にとっては「そんな(相手がその言葉から受けた印象や感覚)つもりは全くなかったんだけど、ついつい口を滑らせてしまった」とのこと。
 
 みなさんも同じような経験はないですか?もちろん私にもあります。ではどうしたらよいのでしょうか?
 
 実は以前、私はある方に同じような相談をしたことがあります。その方は次のようにご指導くださいました。
 
「思ってもいないことが口から出てくることはありません。仮に顕在意識にはないことであっても、潜在意識にはある。」
 
「いや、潜在意識にもないから、それが如何に相手を傷つけることであっても、平気で口にできるということもあります。」
 
「いずれにしろ、口から一度出てしまったものはしょうがない。これを機に、潜在意識の中の改めなければならない自分、ないしは本来持つべき正しい意識・見識を、人間の根源に立ち返って考えて明らかにし、実践する機会としてはどうですか?」
 
 話をお聴きした時点では、「そんなことはない。俺はそんな風には思っていない」と納得できずにいたのですが、日に日にその指摘が大変的を得たものであったことを認めざるを得なくなってきました。「振り返ってみれば、思い当たる節が五万とある・・・」
 
 当然、今回の相談者にも同じようにお話ししました。その反応は・・・以前の私と同じだったと思います(苦笑)。でも、「いつかわかるから大丈夫!」
 
 言葉というものは、愛の薬になることもあれば人を殺すほどの毒になることもある。だから一言一言を大切に口にすることが大切です。
 
かといって委縮する必要もないと思います。逆に言えば、どんなに気を付けていたって、出る時は出る。時に私は「神仏に言わされたんじゃないか?」と思うことさえあります。大体、口が滑る時というのは、至らなさに気付けずにいたり、間違った考えや行いなどがあるとき、だったりします。「口が滑る」のは自己革新のための必然なのかもしれません。
 
口に出たものはしょうがない。これを機会に、何が悪かったのか、どうすれば良かったのかを心から反省し、新たな正しい行動を取っていけば良いのです。
 
その真摯な姿勢が、一旦は離れた心であっても、必ずや信頼の絆に手繰り寄せて、より一層強固な関係を構築することになると思います。


No.099 歴史

1000nen

2011/12/26 09:00:00

 
先週の金曜日、以前一緒に経営計画を立案させていただいた企業様から、「進捗チェックの会議に出て欲しい」とのご依頼がありました。経営計画がスタートして後1四半期で丸2年を迎えるという状況での要請でした。
 
2年前にスタートした頃は極めて順調に進み、利益も予想以上に出ていました。当時は「本当にやって良かった」と喜びの声を何度もいただいたものです。
 
ところが東日本大震災で大きく転び、やっと復調の兆しが見えてきた頃になってタイの洪水で再度の停滞。決めていたアクションプランも思うに任せず、かといって他の方法も思い浮かばず、何をしたらよいかさえ分からなくなっている、そんな状況でした。
 
完全に失意の中にいたメンバーに向かって、私は次のことをお話ししました。
 
1.経営計画の実践は山登りと同じ。麓から頂上に向かってコツコツと、一歩一歩登っていく。最初の内は登っても登っても頂上の姿さえ見えず、やる気をなくしてしまいそうになるもの。しかし振り返ってみれば、確かに当初に比べれば確実に上に向かっている。よって、まずは足りない部分を挙げる前に、どこまで登ってくることができたかを確かめましょう。
 
2.特に大切なのは、スターの存在。全体的には未達であっても、行動面・成果面において高い実績を出している人はいませんか?いるならば、その人をスターにする。そしてどうすれば結果が出せるかを、その人から学ぶ。そういう取り組みをしましょう。
 
3.最初からどうすれば成果が上がるかなんてわかりません。だから「これが良いかな?」と思ったら、とにかくやってみること。確実に成果が出ないとわかるまで、とことん  やってみること。とことんやれば、それが成果の上がることなのか、そうでないこと  なのかは自ずと見えてきます。まずは正しいと思ったことを実践しましょう。
 
一部の方は目が輝いたかのように感じられましたが、全体的には沈んだまま。ほとんどの方は「そうはいっても・・・」と思っておられることがひしひしと伝わってきます。
 
そのような状況の中、これまでは滅多に口出しされることがなかったという会長様が、「ちょっといいですか?」といって、お話を始められました。
 
・自分がまだ係長だった頃の当社は、業績がトコトン悪かったのに、全く変わろうとしない、とても駄目な会社だった。
・そんな会社が嫌いで、更に改革を進めようとしない社長が大嫌いだった。
・ある宴席で私は遂にブチ切れて、社長に殴り掛かった。そしたらみんなが必死になって止めてくれた。そういう仲間がいることが嬉しかった。
・翌日、会長に謝りに行った。「お前の気持ちはわかるが、組織としてそういう態度はいけない」となだめられた。わかってもらえたことが嬉しく、その足で社長に謝りに行った。
・それから会社が変わり始めた。みんなが変わろうという意思と意欲を持ち始めた、と  強く感じられた。
・しかしその後すぐ、大事故が起きた。会社存亡の危機だった。その危機は、今の比ではない。でもそれを乗り越えた。みんなで力を合わせれば、どんな危機でも乗り越えられると確信した。
・一人一人が、自分から会社を変えていこうと思えば、会社は必ず変わる。今、この危機をみんなで乗り切ろうではないか。そういう気持ちを強く抱いて欲しい。
 
この話で場の雰囲気は一転しました。その後、社長の「みんな、頑張ろう!」の一言で、気持ちは一つになったと思います。
 
会社の歴史は、その会社を大きく変革させるパワーを秘めています。そこには先人・先達の誇りと会社への愛が詰まっているからです。歴史を知る者はそれを伝える義務がある。そしてその歴史を伝えることで、会社をより良い方向に導く、そういう取り組みが必要なのだと、改めて感じさせていただきました。
 
今年の「コラム千年」はこれが最後です。ご愛読、ありがとうございました。この年末年始、是非皆さんも会社の歴史を振り返る機会にしてみてください。きっと今の状況を打開するヒントが見出せることと思います。
 
来週のコラムはお休みです。次回は1月10日です。宜しくお願い致します。みなさん、よいお年をお迎え下さい。


No.100 2012年

1000nen

2012/01/10 09:00:00

 
新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
 
いよいよ2012年が幕開けしました。今年第1回目の今回、私なりのこの1年の予測をさせていただきたいと思います。
 
まず恒例の干支の解説から。今年は「壬辰」です。
「壬(みずのえ)」は「妊」「任」に通じ、新たなものが孕んだり、新しい役割が芽生える年なのだそうです。「辰(たつ)」は「震」「振」に通じ、今まで内に蔵されいた或いは紆余曲折した陽気が出てくる。また「崖」にも通じ、超えることが難しい障害物も動き出す。一方で「上・点・神・理想」をも意味する。
 
これらを総合すると、良きも悪しきも外に湧出して活発に動き始める。昨年の多くの問題が更に大きくなる可能性も、新たな望みが生まれ出る可能性もある。問題に乗じてよからぬ輩も多く出るし、良き者も出現する。また理想に向けた光も差し込むが、それを実現するには大きな障害が立ちはだかる。
 
よって、理想に向かって一つ一つ丁寧に辛抱強く、かつ慎重にいろいろな抵抗や妨害と闘いながら事に当たり、処理をしなければならない。ということになるのだそうです。思わず頷いてしまいますね。
 
さて、今の時点で考えられる障害とはどのようなものでしょうか。
 
第一に、周辺国の首長の交代がこの2012年に集中していること。アメリカ、韓国、北朝鮮、中国、ロシアなどなど。このような時期、各国はどのような政策を取ると考えられますか?もちろん、「自国優先政策」であることに間違いはないでしょう。ゼロサムゲームであるこの世の中、一国が自国のことを優先すれば、その弊害は外へと向かう。日本を取り巻く国々が自国を優先する中で、その弊害はこの日本へと向かう。そう考えておいてよいでしょう。
 
特にアメリカは、一昨年のオバマ大統領の一般教書で「5年後貿易倍増」が高らかに謳われてから、明らかに自国のことしか考えない国となりました。
 
その上、ドルは本当に弱くなった。かつては「有事のドル買い」と言われ、例えば、北朝鮮が韓国に向けミサイルを放った、などとなれば、確実にドルは上がっていた。ところが微動ともしなかった。更に金正日総書記の死去でも・・・。
 
そんなドルの凋落に対して、アメリカは何の動きもしない。これは確実にそのことを受け入れている証拠。何のために?ドルは弱い方が輸出に有利・・・そんな意思が見え隠れします。
 
よって為替は、多くの人の期待的予測に反し、円安に向かうことはないと思います。1ドル50円に向かうことがあったとしても、100円に近付くことはありえない、そう思います。
 
第二にTPPの行方はどうなるか?
 
と、そろそろ文字数の制限が・・・。この続きは「千年経営研究会1月例会」にてお話しする予定です。日程は後日改めてご案内いたします。どうぞお運びください、お待ちしております。
 
それでは今年も1年間、どうぞ宜しくお願い致します。